京都大学(京大)、大阪大学(阪大)、大阪公立大学(大阪公大)の3者は1月14日、極低温の超流動ヘリウム中の「量子渦」を振動させることで、渦の中心線(渦糸)がらせん状に揺れ動く、「ケルビン波」と呼ばれる状態を意図的に生み出すことに初めて成功し(実験に利用できるようになり)、同波のらせん状の3次元的な振動の様子を明らかにしたと共同で発表した。

  • 今回の研究のイメージ

    今回の研究のイメージ。渦の中心線(渦糸)がらせん状に変形している。渦糸に並ぶ微粒子が利用された(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、京大 白眉センター/理学研究科の蓑輪陽介特定准教授、阪大大学院 基礎工学研究科の安井裕貴大学院生(研究当時)、同・芦田昌明教授、大阪市立大学(現・大阪公大)大学院 理学研究科の中川朋大学院生(研究当時)、米国国立高磁場研究所の乾聡介博士(米・フロリダ州立大学所属博士兼任)、大阪公大大学院 理学研究科/南部陽一郎物理学研究所の坪田誠教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。

水の流れである河川や海流、大気の流れである風など、こうした流れの多くの中には、乱れた流れ(乱流)が存在していることが知られている。乱流は大小さまざまな渦の絡み合った状態とみなせることから、渦の性質を調べることが、流れの物理を理解することの鍵の1つであると考えられてきた。

常温常圧では気体であるヘリウムは、およそ絶対温度4.2K(約-269℃)以下まで冷却すると液体となるが、それをさらに2.1K(約-271℃)以下にまで冷却すると、「超流動」と呼ばれる量子力学的効果が顕著な量子流体となる。超流動ヘリウムは粘性は非常に小さく、熱伝導性が非常に高いなどの性質があり、さらにこうした量子流体中の渦は、量子的性質を持つ(量子渦)。量子渦は、「渦が非常に細い」、「渦が途中で途切れない」、「強さ(循環)が、どの渦についても同一で、時間的にも変化しない」などの特徴を持つ。こうしたユニークな特徴により、量子渦は、渦の研究の理想的なプラットフォームとして期待されているのである。

しかし現在の技術では、量子渦を実験に利用するには容易ではなく、技術的制約の解決が求められていた。特に、量子渦の中心線がらせん状に振動する波であるケルビン波が重要視されている。同波については、理論的にはある程度研究が進展し、量子渦の物理を理解するために非常に重要であることがわかってきている。ところが、実験的にケルビン波を生み出すための手法が存在せず、大きな障害となっていたという。

これまでの研究で、超流動ヘリウム中に微粒子を大量に導入すると、その微粒子群が量子渦に捕らえられ、微粒子が量子渦の中心線上に整列することが確認されていた。つまり、量子渦と微粒子群が一体となって動く状態を用意でき、実験的研究を進められると考えられた。そこで研究チームは今回、光を用いて帯電した微粒子を作製する「レーザーアブレーション」技術を量子渦の実験的研究に利用したという。

レーザーアブレーションとは、非常に強いレーザーパルス光を固体に照射することで、瞬間的に対象固体を溶融・蒸発・プラズマ化させることで、結果として対象固体の表面からその物質を飛び出させることのできる手法のことだ。表面から飛び出した対象物質は急速に冷却されるため、大量の微粒子を生み出すことが可能である。同技術を利用した結果、微粒子が帯電している状況で、外部から交流電場を加えることで、量子渦を周期的に振動させることが可能になり、量子渦の実験的研究において大きなブレークスルーにつながったとした。

また今回の研究では、揺さぶられた状態にある量子渦の様子を2方向から同時にカメラで撮影することで、その三次元的なダイナミクスを可視化することにも成功。その結果、確かに量子渦の中心線がらせん的に振動する様子を確認し、ケルビン波が生成されていることが実証されたとする。

さらに、ケルビン波のらせんが右巻きであるか左巻きであるか、ケルビン波がどの方向に伝わっていくのか、といった情報をもとにすると、量子渦の回転方向を確定できることも突き止められた。これまで、量子渦の回転方向を直接に観察することはできず、それを推定する実験的手法も存在していなかったが、今回の研究により、回転方向を確実に決定できる手法が確立されたのである。

これまでの超流動ヘリウム中の量子渦の研究では、量子渦を単に観察する受動的な研究が主流だったが、今回の研究により、積極的に量子渦を揺り動かし、その応答を三次元的に観察できる手法が確立された。それにより、量子渦の実験的研究、たとえばケルビン波の減衰や複数の量子渦間の相互作用などの研究につながることが期待されるとしている。