群馬大学(群大)、筑波大学、岡山大学の3者は1月10日、モデル生物の「キイロショウジョウバエ」(以下、ハエ)を用いて、過剰なタンパク質摂食を防ぐ仕組みの一端を解明したと共同で発表した。
同成果は、群大 生体調節研究所の吉成祐人助教、同・西村隆史教授、筑波大 生存ダイナミクス研究センターの丹羽隆介教授、岡山大 学術研究院 環境生命自然科学学域の吉井大志教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
ヒトやハエを含む動物には、体内の栄養状態に応じて食物の選択を行う仕組みが備わっている。つまりハエの体内にも、栄養素の需要と供給を適切に感知し、摂食行動の変化を引き起こすシステムがあると予想される。その候補として想定されるのは、腸内分泌細胞から複数のホルモンの放出を行う腸だ。近年、ほ乳類やハエを用いた研究において、腸内分泌細胞が食餌中の栄養に応じて発火(活性化)して腸ホルモンを放出することで、摂食に応じた代謝バランスを調節することが解明されつつある。しかし、腸内分泌細胞が特定の栄養素に対する食欲、つまり摂食嗜好性を制御するのかどうかは不明だったことから、研究チームは今回その可能性を検証したという。
まず、摂食行動関連のものを特定するため、ハエの9種類の腸内分泌ホルモンの機能をそれぞれ阻害して、摂食行動が観察された。すると、ホルモン「CCHamide1」(CCHa1)の機能阻害によりハエの摂食量が増加することが判明。ハエは主に糖類(炭水化物)とタンパク質の多い酵母を混ぜた餌で飼育されていることから、続いてはどちらに対する食欲が増大しているのかが調べられた。すると、CCHa1機能阻害ハエはタンパク質を過剰に摂取したとする。
腸内分泌ホルモンの分泌は、腸内分泌細胞の活性化状態により制御されていることから、次に、CCHa1を産生する同細胞の活性化状態が調べられた。その結果、高タンパク質食や非必須アミノ酸であるアラニンとグリシンにより活性化されることが突き止められた。さらに、非必須アミノ酸に対する食欲を調べたところ、CCHa1機能阻害ハエは、非必須アミノ酸を多く摂食していたことから、CCHa1は餌中のタンパク質の量を読み取り、アミノ酸の摂取量を調節するために機能している腸内分泌ホルモンと判明したとしている。
血中に分泌されたCCHa1は、その受容体への作用により情報伝達を行うことから、摂食制御に関わるCCHa1受容体が調べられた。すると、腸へと伸びる神経細胞で発現している同受容体が、タンパク質に対する摂食行動を制御していることが判明した。その腸へと伸びる神経細胞は、ハエの食道と中腸の境目に位置する神経節に細胞体があり、神経伝達物質「short Neuropeptide F」(sNPF)を産生していた。そこで、このsNPF産生神経と回路を形成している神経細胞が探索された結果、sNPF神経の隣に細胞体を持つ甘味受容神経と連絡していたという。そこで、その甘味受容神経でsNPF受容体の機能阻害や活性阻害が行われ、CCHa1の機能阻害と同様にタンパク質の過剰摂取が確認された。つまり、CCHa1からのタンパク質摂取の情報伝達は、腸まで伸びる神経を介して甘味受容神経へと働きかけることで遂行されることがわかったのである。
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sNPF産生腸管神経と摂食嗜好性への影響。(A)腸へと伸びるsNPF産生腸管神経。グルカゴン様ホルモン産生神経と共に神経節を形成する。(B)通常のハエは糖であるスクロースを好むが、sNPF神経を不活性化すると酵母を好むようになる(出所:共同プレスリリースPDF)
最後に、CCHa1から始まる摂食制御が破綻した際にハエに生じる問題を調べるため、CCHa1機能阻害ハエが高タンパク質食で飼育されたところ、寿命が短くなることが確認された。その原因究明のため、網羅的な代謝物測定が行われ、細胞毒性のあるアンモニアの解毒・排泄に重要なアミノ酸由来の尿素サイクルの中間代謝物が増え、アンモニアの蓄積が起こっていたとした。アンモニアは毒物のために体内では常に一定量に調節されているが、CCHa1やsNPFの機能阻害ハエは、アミノ酸を多量に含む高タンパク質食を食べ続けてしまうことでアンモニア量が増え、短命になることが解明された。今回の研究成果から研究チームは、ハエの体内の栄養バランスは、腸内分泌細胞から始まる栄養情報の伝達により保たれていることが考えられるとした。
ハエもヒトも、摂取カロリーのうち約15%をタンパク質から得ている。その過剰な摂取は、心臓病や腎疾患の発症と関与するとされ、ヒトにおいても適切な量を摂取して栄養バランスを保つことが重要と考えられるという。ヒトにおいて、いくつかの腸内分泌細胞がタンパク質摂食に応答することが知られており、研究チームは、ハエと同様に腸内分泌ホルモンがタンパク質に対する食欲を制御している可能性があるとする。また、腸内分泌ホルモンから始まる情報伝達システムが、甘いものや肉などの偏食をはじめとする摂食障害の治療ターゲットになることが期待されるとしている。