KDDIはこのほど、人的資本経営に関するオンライン説明会を開き、人事本部長の菱田直人氏が「KDDI版ジョブ型人事制度」の進捗と現在までの改善事例を紹介した。同社は通信を超えてエネルギーや金融へと事業領域を拡大する中、次の柱となる新事業の成長をけん引するプロ人材の育成が急務としている。
KDDIは2020年にすべての総合職を対象とするKDDI版ジョブ型人事制度を導入し、運用を開始した。2023年から社員の意識改革を進め、キャリア自律を促進。2024年からは事業戦略と人材マネジメントの連動に取り組んでいる。
KDDI版ジョブ型人事制度に向けた仕組み作り
まず、菱田氏はKDDI版ジョブ型人事制度について、「プロを創り、育てる制度」だと紹介した。従来のジョブ型人事制度の長所を取り入れながらも、評価項目に「人間力」を取り入れた点が特徴で、これこそが「KDDI版」と銘打ったゆえんでもある。人間力は客観的に捉えにくいため、全社員を対象に360度評価としている。
評価制度として、専門領域を30種に分けて各領域の職務とスキルを具体的に明示した。現場での1 on 1をベースとした人材育成がキャリア形成のカギになるとして、「挑戦行動」「専門性」「人間力」がそれぞれ評価される。報酬制度についても、専門性の発揮と成果創出に直接反映されるようなメリハリを効かせた昇給降給を設定した。
30種の各専門領域は、仕事内容によってさらに「ジョブ」へと細分化されている。ジョブはメンバーに求める粒度の仕事内容で、専門領域はいわゆる管理職層に求められる粒度の仕事内容だ。同社は専門領域に対応可能な人材をプロ人材としている。
「一つの仕事に精通してジョブを極めることも重要だが、それと同時に周辺のジョブへの広がりを意識しながら専門性の深さと広さのバランスを取ることも重要」(菱田氏)
スキルの観点からは、社会の変化に対応できるロジカルシンキングやプロジェクトマネジメントなど、ポータビリティの高いスキルを土台として全社員に求める。その上で、専門領域に共通するスキルとジョブごとに必要となるスキルを、業務に応じて求めている。
KDDIがプロ人材に求めるのは、個別のスキルを極めつつも幅広いスキルと組み合わせることで、高難易度な業務を遂行することだ。高難易度の仕事は一人では達成できず、異なる専門スキルを持つ人材との連携が必要となる。高難易度の仕事をこなすうえで、組織の壁を超えてさまざまな領域のプロ人材を巻き込んだリーダーシップの発揮がポイントとなる。
ジョブ型人事制度の運用で見えた課題と改善策
大きな変革には負荷が伴うものだ。KDDI版ジョブ型人事制度も、すんなりと導入できたわけではないそうだ。まず、1 on 1をベースとした人事評価としたことで、現場の上司の負荷が増加した。上司としても部下のキャリア形成を支援する経験が浅いため、サポートが必要だったという。
さらには、個人のキャリアアップやスキル向上に対する意識の変化も課題となった。「自分は何がしたいのか分からない」「自分の専門性は何か分からない」といった声も多く挙がったとのことだ。
菱田氏は「仕組みを作って終わるのではなく、導入後の継続的な取り組みがジョブ型人事制度への移行の鍵」と振り返った。
こうした課題に対し、同社はスキルアセスメントを開始した。その第一歩として上司の負荷軽減を目的に、社員のスキルを可視化するツールを導入。スキルを数値化することで、1 on 1の中で成長の方向性をすり合わせることができる仕組みを作った。個人の強みと弱みが数値化されることで、社員は自身のスキルを客観視できるようになる。現在では1 on 1の質の向上にも寄与し始めているそうだ。
課長レイヤーには、HRデータを一元管理可能なダッシュボードを提供する。課員のスキルやデータを集約するとともに、組織改善のヒントなどを掲載することで、「この画面さえ見ればマネジメントに必要な情報はまとまっている」という状況を作り出した。
ダッシュボードには、課内の平均値や以前からの変化量、各スキル項目の高いメンバーが表示される。また、社員別にどの項目が高いのかも表示可能だ。労務状況やストレスチェックの結果も閲覧可能で、エンゲージメントサーベイの結果なども参照しながらマネジメントできる。
キャリア形成とスキルアップを支援する新制度
KDDIは2018年5月に労働基準監督署から労災認定されたことを契機に、社員の心身をケアする組織体制へと変革を進めている。その一環で新設した全社員向けのカウンセリング制度では、キャリアコンサルタントの資格を持つ社内外のカウンセラーが上司に代わって相談に対応するなど、現場の1 on 1だけに依存しない体制を作った。
社内カウンセラーに従事するのは、以前は事業部門で活躍していた50代後半~60代のベテラン社員42人(取材時点)だ。半年に1回の頻度で全社員を対象にカウンセリングを実施し、必要に応じて所属長に対する職場改善の提案にもつなげている。社内の制度に詳しい人材がカウンセラーに転身したことで、職場環境だけでなくキャリア関連の相談にも対応可能だ。
先行きが不透明とされる現代、社員自身の自律的なキャリア形成を支援するために、KDDIは「ジョブ図鑑」を作成した。事前に定めた各ジョブに求められるスキルや対応する社内研修などを解説している。ジョブ図鑑の作成にあたっては分かりやすさを重視したそうだ。
同様に、自業務とは異なるキャリアを探索するための仕組みとして、「社内・グループ内副業制度」を開始。異動せずに社内で副業に挑戦してみる選択肢を提示することで、自律的なキャリア形成のハードルを下げた。現在では、社内副業者が大半を占めるプロジェクトが事業貢献につながる事例も創出されているという。
同社は2024年10月から、成長領域や重要ポジションに優秀な人材を登用することを目的に、「社内FA制度」を開始している。これはプロ野球のFA制度を参考にしたもので、FA権を得た社員が異動希望を表明し、獲得希望部門がオファーする仕組み。社員のキャリア実現の機会を拡大して組織の成長と事業の成長を推進する。
FA宣言した社員は、複数の部門からオファーを受けることもあるという。オファーを受けた社員は、現所属部門への残留も含めて次の所属先を検討する。獲得を希望する部署は、重要プロジェクトへの参加や管理職への登用などを交渉材料とする。取材時点でFA制度の対象者は457人。そのうち73人がFA宣言し、11人が異動に至った。
これら複数の施策を多段階に新設した結果、KDDI版ジョブ型人事制度を開始して以降、プロ人材の比率が35%に到達するなど着実な進捗が見られるそうだ。また、39歳以下の若手管理職が増加するなど、実力主義を実現した制度となっている。
「終身雇用、年功序列、新卒一括採用など、従来の日本型の人材マネジメントから脱却するためにKDDI版ジョブ型人事制度を導入した。また、制度を導入するだけでなく意識変革を狙った施策も展開してきた。今後は事業戦略と人事制度をつなぎ合わせ、人材が持つWILLと専門性で事業戦略を具現化していく」(菱田氏)
DE&I(多様性・公平性・包括性)の一歩目はジェンダーギャップの解消
KDDIは今後、人材制度と事業戦略をつなぐために、事業主体で人材戦略をリードする方針だ。人材戦略を策定する際には、強化すべき機能を定めて人材のスキルを定義した上で、要員計画と採用計画を固めるという。
事業拡大に向けては、プロ人材を交えたコラボレーションを促進するべく、2024年12月にプロ人材の情報の全社公開を開始。30種の専門領域ごとに、社内のアドレス帳にプロ人材認定マークを表示する。業務に対する理解が深い人材を一目で把握できるようになることで、円滑な連携が期待される。
KDDI版ジョブ型人事制度を支える土台として、DE&I(Diversity, Equity & Inclusion:多様性・公平性・包括性)に関する取り組みにも注力する。その一歩目は、ジェンダーギャップ解消だ。特に女性活躍を多方面から支援する仕組みを導入した。
具体的には、経営層が主体となり女性活躍を議論する場として、「女性人材開発会議」を新設。今年度中に5回の会議を実施予定だ。ここでは、会社としての方向性を議論するとともに、部門ごとに事例や課題を共有して女性活躍推進の取り組みを加速する。
女性社員本人への支援の例としては、「スポンサーシッププログラム」が挙げられる。これは、管理職候補の女性社員のスキルアップを、本部長層が伴走型で支援するというもの。女性社員はライフイベントなどにより同年代の男性と比較して重要な業務に従事する機会が少なく、結果としてスキルや成果が不足し管理職になりたいという意欲が生まれづらい。また、たとえポテンシャルを持っていても組織内で認知度が低くなりやすい。
これに対し、本部長層をスポンサーとして業務面と精神面から支援することで、スキルや人脈の獲得を短期間で可能とする。同時に、意思決定層の意識改革も狙うとのことだ。
さらなる女性活躍の風土醸成に向け、KDDIはパネルガイドラインの運用を開始する。これまで、社内外のイベントで登壇するのは40代以上の男性が多かった。以前は「経営基幹職が登壇すべき」という暗黙の風土があり、その経営基幹職の大半が40代以上の男性であったことから、登壇者が40代以上の男性ばかりになってしまっていた。
今回新たに定めたガイドラインでは、女性または39歳以下の若手層を登壇者の中に一定数含めることを示している。ガイドラインを守れない場合には、単に適正者がいないのか、いないのであれば今後どう育成すべきかを考えるきっかけにするそうだ。
菱田氏は「KDDI版ジョブ型人事制度は個人の成長を促し、高い専門性を融合することで新たなアイデアや価値の創出を目指す。個人は自身が持つ本来の能力を発揮できる環境でなければ成長できず、組織も多様な発想を生かす風土がなければ価値を創造できない。つまり、KDDI版ジョブ型人事制度とDE&Iは相乗効果を生む」と説明。
KDDIは2025年春をめどに、「TAKANAWA GATEWAY CITY」の複合棟ⅠNorthへ本社移転を予定している。KDDIグループをはじめパートナー企業らも入居する新社屋では、コラボレーションによる価値創造を加速する新たな施策も予定されているそうだ。会社や部署の壁を越えて多様な専門性を持つ人材が集まり、アイデアを出し合い互いに切磋琢磨する環境を構築するとしている。