日本の製薬会社のリードカンパニーとして、世界70カ国以上で医薬品ビジネスを手掛るアステラス製薬。同社は、CXの向上に向けて、オウンドメディアを基軸とした顧客とのコミュニケーションを高度化することに取り組んでいる。

そこで、本稿では、アステラス製薬でオムニチャネル戦略の企画、実行、検証に従事している傍ら、アドビのヘルスケアMarketo Engage ユーザー会のリーダーも務める大石幸太氏に話を聴いた。

  • アステラス製薬 オムニチャネルストラテジー&オペレーションズ オムニチャネルエクスペリエンスパートナー 大石幸太氏

    アステラス製薬 オムニチャネルストラテジー&オペレーションズ オムニチャネルエクスペリエンスパートナー 大石幸太氏

コロナ禍で変わった「MR」への向き合い方

大石氏は、2012年に新卒でアステラス製薬に入社。入社当時は「MR(Medical Representatives:医薬情報担当者)」として、関西圏で8年もの間、営業を担当していたという。

MRの中には、マーケティングやコーポレートの部署にキャリアチェンジを考える人も少なくないという。だが大石氏は、「規模の大きな病院を担当したい」「より難易度の高い疾患の薬を売ってみたい」というMRの中でキャリアを積む道のみを考えてきたと話す。

そんな大石氏に転機が訪れたのは、コロナ禍だった。

「新型コロナウイルスの流行は、『家族のお見舞いに行けない』『出産に立ち会えない』など、社会に大きな影響を及ぼしました。当然、私たちMRも『医療機関に対面で営業に行けない』という影響を受けました。この出来事がきっかけで、今までの自分の仕事を大きく否定されたような感覚を持つようになり、別のことを学ばなくてはいけない、と考えさせられました」(大石氏)

そこで、大石氏は「デジタル領域」に着目。フロントエンドのプログラミング言語を勉強したり、Web制作のスキルを習得したりしながら、社内公募のデジタルマーケティングのチームを立ち上げるプロジェクトに参画したという。

  • 自身の転機について語る大石氏

    自身の転機について語る大石氏

アステラス製薬がCXにおいて抱えていた課題

一方、アステラス製薬には、「パーソナライズされた顧客体験価値(CX)を提供できていない」という課題があったという。

「元々、弊社のメールマガジンは『お客さまが興味を持っているか分からないけれど、とりあえずわれわれはこのメッセージを伝えたいから、このコンテンツを配信しよう』というプッシュ型のもので、すべての人に同じ内容が届くシステムでした」(大石氏)

また大石氏は「Webサイトが抱える課題はもっと深刻だった」と話す。というのも、Astellas Medical Netに掲載したコンテンツの分析をベンダーに依存していたため、ページビューや訪問回数程度しか把握しておらず、コンテンツの満足度や読了率といった役に立っているかどうかを判断する情報が収集できていなかったのだ。

このように以前のシステムでは、顧客行動を十分に取得することができず、MRとの連携も不十分であった。そこで、データ収集、データ統合、分析、データを活用した配信制御などの面でシステムの抜本的な見直しが必要という判断の下、アドビ製品の導入に踏み切ったという。

同社は、「Adobe Marketo Engage」「Adobe Analytics」「Adobe Target」「Adobe Experience Manager」などのアドビ製品を利用している。

数多くのマーケティングツールの中からアドビ製品を選んだ理由として、大石氏は2つ挙げた。

1つは、同一企業のソリューションでそろえたいというニーズがあったことだ。異なる企業のソリューションを導入すると、連結作業が発生し、利用者もUIが異なっていると使い勝手が悪い。そのため、汎用性を考えて一つの企業の製品に統一したかったのだという。

もう1つの理由が「アドビコンサルティングサービス」の存在だ。アドビでは、製品導入の際に、代理店やコンサルティング会社ではなく、同社のコンサルタントが伴走するプロフェッショナルサービスを用意している。大石氏曰く、その「安心感」がコンペティションの決め手になったとのことだ。

データの数と種類を増やしてメルマガのパーソナライズを高度化

CX向上に向けた取り組みの最たる例が「メール配信の最適化」だ。

アステラス製薬では、医療関係者向け情報サイトの会員へ配信するメールにおいて、読者一人一人との関係性を向上し、医療関係者向け情報サイトへの来訪頻度を高めることを目的として、メールの内容をパーソナライズしている。

具体的には、Adobe Analyticsで医療関係者向け情報サイトの会員の行動を分析・把握し、その情報をレコメンドエンジンとなるAdobe Targetに連携。Adobe Targetで最適化したWEBサイトをAdobe Marketo Engageで配信するコンテンツとすることで、完全にパーソナライズされたメールの配信を実現している。また、配信時間帯や件名をA/Bテストすることで、配信するメール自体の最適化も進めているという。

さらに、新たな医療関係者向け情報サイトでは、コンテンツ読了時に満足度アンケートを表示することで、コンテンツごとの満足率を把握できるようにし、Adobe Analyticsによって満足率をモニタリングできるようにしている。加えて、医療関係者向け情報サイトで取得できる以外のデータもAdobe Analyticsに取り込むことで、多角的な視点からの分析を可能にしているという。

最後に、大石氏はパーソナライズを高度化するために「データの数と種類を増やすこと」をテーマに掲げているとして、以下のように語ってくれた。

「一番のテーマは、データの幅と深さを増やすことです。今までの取り組みを通じて、パーソナライズすればうまくいくことがわかってきたので、今後パーソナライズを高度化していくためには、やはりデータの数と種類が必要になってきます。今まで、われわれが扱えなかったデータが社内にはまだまだあると思うので、その中からお客さまである医療関係者の体験を高めていく上で使えるものを探して、積極的にWeb上のパーソナライズでも使えるような状態にしていくのが主テーマとなってくると考えています」(大石氏)