朝晩に冷え込む日も徐々に増えてきた。毎年この時期になると、年末調整の提出に追われる会社員も多いだろう。毎年記入しているはずの見慣れた書式ではあるが、提出すべき書類や記入事項が一向に覚えられない。結果として、毎年書類とにらめっこする羽目になる。

これと同時に、特に中小企業では管理部門の給与計算担当者の負担が課題になっている。弥生が実施した調査の結果によると、担当者が負担に感じる業務として「最新の法令の把握(34.7%)」が最も多く挙げられ、「従業員への各種申告書の配布・回収(30.6%)」が続いた。従業員からの問い合わせ対応や、書類の確認などが負担となっているという。

また、前年度(令和5年度)まで紙で年末調整の申告書を回収していた企業のうち、翌年からソフトを利用してPCやスマートフォンによる配布・回収を行う予定、または今後Web上での配布・回収を実施したいと答えた担当者は43.1%だった。

ところが驚くべきことに、「年末調整に関わる業務をデジタル化する際に、従業員の意識や行動が障壁となっている」と、弥生でマーケティングを担当する今田俊輔氏は話す。そこで、従業員がデジタル化に抵抗感を示す背景と、デジタル化がもたらす従業員のメリットについて今田氏に取材した。

  • 弥生 ダイレクト・セールス&マーケティング本部 クラウド・サービス セールス&マーケティング部 セールス&グロースマネジメント 担当マネジャー 今田俊輔氏

    弥生 ダイレクト・セールス&マーケティング本部 クラウド・サービス セールス&マーケティング部 セールス&グロースマネジメント 担当マネジャー 今田俊輔氏

なぜ従業員がデジタル化の障壁になってしまうのか

上記の弥生の調査では、令和5年分の年末調整について64.5%の担当者が「残業が増加した」と回答している。そのうち10時間以上増加したと答えた人は31.1%に達する。また、今年度は年末調整時にも定額減税(年調減税)の影響があるが、最も負担に感じる業務として「最新の法令の把握」が挙げられた通り、定額減税の具体的な影響を把握していると回答した人は全体の29.1%。残りの約7割は具体的には知らないと回答。

  • 年末調整の時期は残業時間が増えるという(資料:弥生)

    年末調整の時期は残業時間が増えるという(資料:弥生)

こうした状況から、年末調整業務のクラウド化やデジタル化に前向きな担当者は多いそうだ。しかし、その際に障壁となるのが従業員の意見だ。具体的には、PCやスマートフォンの操作に慣れていない、特に高齢の従業員などの影響があるという。また、場合によっては個人で使えるPCやメールアドレスを持っていない企業もある。

中には、ワークフローの変更に伴って、「デジタルツールの導入によって、従業員からの問い合わせが増えたら困る」と悩む担当者もいるとのことだ。

今田氏のユーザーインタビューの経験によると、福祉業界ではデジタルツール導入に慎重な姿勢が見られる場合があるという。業界の特性なのかもしれないが、ハンディキャップを持つ人や作業が苦手な人に合わせるべきだとする意見もあることから、ツール導入が見送られる傾向があるようだ。

  • 弥生 ダイレクト・セールス&マーケティング本部 クラウド・サービス セールス&マーケティング部 セールス&グロースマネジメント 担当マネジャー 今田俊輔氏

年末調整のデジタル化による担当者のメリット

年末調整をデジタル化するメリットとして、まずは法令改正への対応が挙げられる。ツール側が自動で制度に対応しているため、担当者は情報収集の手間が削減できる。また、年末調整の計算を自動化でき、業務の効率化が見込めるという。

もう一つのメリットは提出物の進捗管理だ。従業員が紙に記入して提出する場合と比較して紛失のリスクが少なく、提出 / 未提出や差戻の確認を一元管理できるようになる。

  • 年末調整業務を負担に感じている担当者は多い(資料:弥生)

    年末調整業務を負担に感じている担当者は多い(資料:弥生)

従業員にもデジタル化のメリットが

いつも同じ様式に見える年末調整の提出書類だが、小さなものを含めて実は毎年のように様式の変更が行われているという。特に今年は定額減税の影響を受け、例年以上に大きな変化があったとのことだ。

年末調整をデジタル化することで、画面の指示に従って必要事項を入力するだけで完了するため、従業員はこうした変更を特に気にする必要がなくなり、作業の効率化が図れる。加えて、給与システムなどと連係することで自身の住所や収入が自動で反映されるため、入力項目が少なくなる点もメリットだ。

Web申告によりパートタイムスタッフも柔軟な対応が可能となった企業も

最後に、年末調整をデジタル化し業務の効率化を促進した企業の事例を2つ紹介する。

事例1:柔軟な申請書回収が可能になりタイムラグを解消

東京都大田区の「あず動物病院」では以前、控除申請書などを紙で回収し税理士に郵送していた。しかし週2回勤務のパートタイムスタッフなど、出勤頻度の低い従業員の申請書回収に時間がかかる課題があったという。そこで同院では、Webでの申告書提出を導入する。これにより、従業員は次の出勤日を待たずに提出できるため、回収のタイムラグが解消される。

事例2:デジタル化によりコミュニケーションが活発化

神奈川県横浜市の「日鉄工営」はいわゆる老舗の町工場で、高齢の従業員も多い。そのため、同社はITツール導入時に丁寧なマニュアル作成やレクチャーの実施により、従業員が迷わないようフォローしている。若い社員が積極的に高齢の社員をフォローすることで、コミュニケーションの機会を生み出しているとのことだ。

また、管理側としては、年末調整において控除申告書の配布や回収作業が電子化されることで、業務効率化が期待される。従来は法定調書の作成が手作業で行われていたため、記載ミスや確認作業に多くの時間が費やされていた。給与ソフトの導入によりミスが削減され作業時間の短縮を実現するとともに、年末調整業務全体の正確性と効率性の向上を見込んでいるそうだ。