NTTは、耳を塞がないオープンイヤー型ヘッドフォンの耳元で周囲の騒音を低減する、広帯域ノイズキャンセリング(NC)技術を確立したと11月14日に発表した。「街中の雑踏やモビリティ内といった騒音下でも、耳を塞がずクリアな音が聞ける」としており、11月25日から都内で開催されるイベント「NTT R&D FORUM 2024」に出展予定。

  • NTTが試作したオープンイヤー型ヘッドフォン。今回確立したノイズキャンセリング技術を搭載している

  • 11月25日から29日まで、NTT武蔵野研究開発センタで開催されるイベント「NTT R&D FORUM 2024」に、同技術を活用したヘッドフォンを出展予定

NTTでは、“究極のプライベート音空間”を追求した「PSZ(Personalized Sound Zone)技術」の確立をめざし、耳を塞がず装着した人にしか音が聴こえない状態を実現するオープンイヤー型ヘッドフォンの設計技術開発に取り組んできている。

PSZは「聴きたい音」が周囲に漏れず、自分だけに聴こえ「聴きたくない音」はカットするという技術。密閉型ヘッドフォンと比べて装着感の良さにもメリットがあるほか、直接聞こえるリアルの音と、耳を塞がないヘッドフォンからのバーチャルの音を融合させた“音響XR”を楽しむといった活用法もあり、NTTが研究開発や実証実験を重ねている。

今回、NTTが新たに確立したのは、オープンイヤー型ヘッドフォンで「1,000Hz以上の音」も抑えられるという能動騒音制御(ANC:アクティブノイズコントロール)技術。

これまでの耳を塞がないオープンイヤー型ヘッドフォンでは、NC機能があっても「1,000Hz以下の音」しか低減できなかった。人間の耳が最も敏感に感じる3,000Hz付近の音を抑え込めないと、周囲の騒音が大きい場合はヘッドフォンの音量を上げるしかなく、難聴のリスクも高まる。

ANC技術を用いて1,000Hz以上の騒音を低減するには、外の音を取り込む参照マイクで集めた騒音から、騒音の逆位相信号(騒音の波を打ち消す逆パターンの波)がスピーカー側にある誤差マイクの位置に達するまでの処理を、サブミリ秒単位という非常に遅延の少ない状態で実行する必要がある。

  • ANCにおける音響的遅延と機械的遅延

そこでNTTは、「音響的遅延」と「機械的遅延」という、2つの遅延要素を減らす技術を開発し、オープンイヤー型ヘッドフォンにおけるANCの広帯域化を世界で初めて実現。飛行機内の騒音を用いてこの技術を評価したところ、1,000~3,000Hzで最大13.7dB、平均7.8dBの騒音抑圧ができたことを確認したという。

  • NTTの新技術を用いたANCにおける、騒音抑圧性能の評価

音響的遅延とは、音が発生源から目標位置に到達するまでの時間差のこと。音は空気中を約340m/sという速度で伝わるが、これは光や電気信号と比べると非常に遅い。

そこで、騒音の発生元と参照マイク、ヘッドフォンに内蔵されたスピーカーユニットと誤差マイクが近くなるようにマイクを配置する新たな設計を確立し、音響的遅延を小さくした。

機械的遅延とは、機器やヘッドフォン内部の機械的な部品が動作するときに生じる遅れのこと。ヘッドフォンで使われるスピーカーユニットの振動板は、電気信号を受け取ってから実際に音を発生するまでの間に、物理的な時間がかかる。さらにこの遅れは、スピーカーユニットの設計によって周波数帯域ごとに変わる。

そこで、新たなハードウェア設計(新設計のスピーカーの位置と特性)と、ソフトウェア処理(低遅延低演算量のフィルタ設計)によって、周波数帯域ごとの機械的遅延を削減。さらに前出のPSZ技術を盛り込んだオープンイヤー型ヘッドフォンの設計技術と組み合わせることで、消音信号を周囲に漏らさず、利用者の周囲での騒音増加を防いでいるとのこと。

NTTでは今後、同技術を搭載したオープンイヤー型ヘッドフォンの実用化をめざし、さらなる騒音低減の広帯域化と、さまざまな実環境での検証を進めていく。また、音響XR技術と今回の開放型ヘッドフォン向けノイキャン技術を統合し、没入型エンターテインメントや音声ガイドといった新しい音響体験をNTTグループ各社を通じてサービス展開していく。

ちなみに、一般的なヘッドフォンで使われている騒音低減技術には2種類あり、ひとつは騒音を電気的に打ち消す「能動騒音制御「(ANC:アクティブノイズコントロール)、もうひとつはヘッドフォン自体の物理的な構造で耳を塞いで騒音を遮断する「受動騒音制御」(PNC:パッシブノイズコントロール)と呼ばれる。

前者は「1,000Hz以下の低周波」を中心に減少させられるのが特徴で、後者は「1,000Hz以上の高周波」を中心に減少させられるのが特徴だ。

オープンイヤー型ヘッドフォンは耳を塞がないという構造の特性上、高周波の騒音が聞こえてしまうのは避けられない。また人の耳では3,000Hz付近が敏感に聞こえることから、聴感上で効果的な騒音低減を実現するには、ANCで1,000Hz以上の高周波を打ち消す必要があった。こうした技術的課題に対してNTTが提案するのが、前出の超低遅延なANCとPSZの組み合わせというわけだ。

  • 密閉型ヘッドフォン(左)とオープンイヤー型ヘッドフォン(右)におけるANCの比較