東京大学(東大)、理化学研究所(理研)、東京理科大学(理科大)、早稲田大学(早大)、科学技術振興機構(JST)は10月31日、藻類から光合成活性を持つ葉緑体を取り出し、ハムスターの培養細胞内に移植することに成功し、少なくとも2日間は同培養細胞内で光合成活性を保持していたことを確認できたことを発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻の青木遼太大学院生、同・乾弥生特任研究員、同・岡部耀二大学院生、同・澤田幸希大学院生(研究当時)、同・森田隼登(研究当時)、同・ジェノ・バティスト特任研究員、同・丸山真一朗准教授、同・松永幸大教授、理研 環境資源科学研究センターの佐藤繭子技師、同・武田紀子テクニカルスタッフII、同・豊岡公徳上級技師、理科大 教養教育研究院 神楽坂キャンパス教養部の鞆達也教授、早大 教育・総合科学学術院の園池公毅教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本学士院が刊行する自然科学の幅広い分野を扱う英文学術士「Proceedings of the Japan Academy, Series B, Physical and Biological Sciences」に掲載された。
葉緑体は、多数のクロロフィル(葉緑素)を有する植物細胞や藻類にある細胞内小器官で、光合成を担うことで知られる。今から12~16億年前、酸素発生型光合成細菌の「シアノバクテリア」(の先祖)が動物細胞(真核生物)に共生し、藻類が誕生したことで葉緑体が誕生したと考えられているが、動物細胞は通常、葉緑体を異物として認識して消化してしまうため、移植は困難とされてきた。そこで研究チームは今回、新たな手法を用いて葉緑体を動物細胞に取り込ませることにしたという。
具体的には、原始的な藻類で、最小の細胞サイズ、最少の遺伝子数、細胞内小器官を1個ずつしか持たないなど、光合成細菌が共生を開始して藻類が出現して間もない頃の姿を留めていることが特徴の「シアニディシゾン」(シゾン)から光合成活性を持った状態の葉緑体の単離が試みられた。葉緑体のゲノムに関して、進化するに従ってサイズが小さくなり遺伝子数が減少していくが、シゾンのものは他の藻類や植物の約2倍の遺伝子数を保持しており、それだけ原始的であることがわかるという。
葉緑体の移植手法はこれまで、細いガラス管を用いて細胞内に注入したり、物理的に細胞膜に穴を開けて取り込ませるといった方法が取られていたが、半世紀以上も前から移植実験は行われてきたものの、これまで取り込まれた葉緑体が光合成活性が確認されたことはなかったことから、今回の研究では、ハムスターの卵巣から確立された培養細胞の「CHO細胞」が有する「貪食作用」(細胞が異物を取り込む能力)を高めるという新たな手法を開発することで、同細胞に最大で45個の葉緑体を取り込ませることに成功したという。
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藻類から移植された葉緑体を持つCHO細胞。青緑は細胞核、黄緑は膜構造を持った細胞内小器官、赤紫は葉緑体。細胞核近傍や細胞質に2~6個の葉緑体が確認できる。葉緑体の中央部分には、青い葉緑体DNAも観察される (出所:理科大Webサイト)
また、CHO細胞は葉緑体を取り込んで、その増殖は阻害されず、正常に細胞分裂も行われたことも確認。取り込まれた葉緑体はCHO細胞の細胞質に存在しており、その一部は細胞核の周りを取り囲むように配置していることも観察されたとする。
取り込まれた葉緑体を単離して詳細な解析が行われたところ、細胞内で光合成に関与する酵素が配置される「チラコイド膜」の構造が維持されていることが判明。葉緑体はCHO細胞に取り込まれた後、同膜に包まれた状態で細胞質に存在しており、取り込まれてから2日間は同膜の構造が保持されていたことも確認されたほか、葉緑体がCHO細胞の細胞核の外膜に接触している様子やミトコンドリアに取り囲まれている様子も観察されたという。ただし、その後の4日目の時点で同膜の構造が崩れていることがわかったとしている。
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葉緑体移植後、数時間後のCHO細胞内の電子顕微鏡像。中央の球状の物体が、移植されたシゾンの葉緑体。シゾンの葉緑体はすぐに分解されず、葉緑体内部の膜構造を維持し光合成活性が維持されていた。また葉緑体は、細胞核の外膜に接触しており、その周りをミトコンドリアが取り囲んでいた (出所:理科大Webサイト)
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4個の葉緑体を取り込んだ後、2日目のCHO細胞内の電子顕微鏡像。葉緑体の内部構造は維持されており、光合成活性が維持されていた。葉緑体内の黒い点は、ストレスを受けると形成される顆粒 (出所:理科大Webサイト)
さらに、取り込まれた葉緑体の光合成活性の測定が行われたところ、シゾン葉緑体は取り込まれてから2日間は光合成活性を保持していたが、4日目に入るとその活性が著しく減少しており、チラコイド膜の構造が崩れたタイミングと一致していることが判明したともしている。
なお、研究チームは現在、移植した葉緑体が動物細胞内でより長く光合成活性を維持するための技術開発を進めているというとのことで、その実現には移植した葉緑体から発生する酸素量や動物細胞内で固定されるCO2量を、同位体標識法を用いて定量していく必要があるとしている。
研究チームは、植物の機能を持つ「プラニマル細胞」(PlantとAnimalに由来する造語で、研究チームの松永教授が2018年に提唱)の創製を目指した研究を推進しており、今回の葉緑体移植法の開発は、プラニマル細胞によるグリーントランスフォーメーションを達成するゲームチェンジャー創製のための突破口になることが期待されるとのことで、今後も、CO2排出削減による持続的社会の実現を目指して、革新的なバイオテクノロジー技術を開発していくとしている。