京都大学(京大)、東京大学(東大)、大阪大学(阪大)、科学技術振興機構(JST)の4者は10月29日、「キタエフ量子スピン液体」の有力候補物質として知られる「三塩化ルテニウム」(α-RuCl3)において、これまでにない新たな量子干渉模様を発見したと発表した。
同成果は、京大大学院 理学研究科の幸坂祐生 教授、同・芥川聖 大学院生(研究当時)、同・大間知秀祐 大学院生(研究当時)、同・岩道悠希 大学院生、同・小野孝浩 大学院生(研究当時)、同・田中伊蕗 大学院生(研究当時)、同・立石将太郎 大学院生(研究当時)、同・村山陽奈子 大学院生(現・九州大学助教)、同・末次祥大 助教、同・寺嶋孝仁 教授(現・研究員)、同・浅場智也 特定准教授、同・笠原裕一 准教授(現・九州大学教授)、同・松田祐司 教授、東大大学院 新領域創成科学研究科の橋本顕一郎 准教授、同・芝内孝禎 教授、阪大大学院 基礎工学研究科の高橋雅大 大学院生、同・ニコラエフ・セルゲイ特任助教(常勤)、同・水島健 准教授、同・藤本聡 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する物理学と応用物理学とその学際的な分野を扱う学術誌「Physical Review X」に掲載された。
電子の自転の向きであるスピンは、冷却されていくと向きが揃っていくが、絶対零度においてもスピンが規則的に配列せず、液体のように動く特殊な量子状態である「量子スピン液体」が1970年代前半に提唱された。その後、同量子状態は単なる無秩序状態ではなく、多数の「量子もつれ」が存在する、本質的に新しい量子状態であることが理論的に示されるようになってきた。
また、これまでの研究から、量子スピン液体にはいくつかの種類があることもわかっている。その中でも特に注目されているのが、2006年に提唱されたキタエフ量子スピン液体であり、同量子状態においては、粒子と反粒子が同一である「マヨラナ粒子」や、二次元空間でのみ存在する特殊な粒子である「非可換エニオン」などの新粒子の存在も示唆されており、こうした性質を上手に制御すれば、ノイズに強い量子コンピュータを開発できるとする研究もあることから世界中で研究が進められているという。
しかし、量子スピン液体は理論的な研究は進んでいるものの、秩序を持たないという特徴があるため、実際に実験で検出するのは容易ではないとされている。これまで用いられてきた実験手法では、試料全体を測定していたため、測定結果の解釈はしばしば不純物の影響を受けてしまっていたことから、局所的に電子状態を解明することが求められていたという。キタエフ量子スピン液体の有力な候補物質であるα-RuCl3は通常なら絶縁体のため、原子分解能で電子状態を可視化することが可能な走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて測定することはできないが、研究チームは今回、可能な限り薄い単層膜を作成した上で測定を試みることにしたという。
今回の研究では、極限まで薄いα-RuCl3の単層膜を作成するため、パルスレーザー堆積法が用いられた。同手法は、目的物質のターゲット材料に高強度短パルスレーザーを照射して気化させ、対向する基板上に堆積させることで薄膜試料を得るという手法であり、これにより厚さ約0.6nmという薄いα-RuCl3の単層膜を作成。この試料の測定を行った結果、欠陥の周囲に同心円状の振動(周期約1.4nm)が存在することが発見されたという。
こうした欠陥の周囲には、物質の性質を反映する特徴的な模様が現れることがあるが、逆にその模様を詳しく観察することで、物質の性質を知ることもできるという。例えば、金属中の欠陥周囲に生じる電子密度の振動である「フリーデル振動」がよく知られているが、α-RuCl3は絶縁体であるため、それとは異なる現象だとする。さらに、詳細な測定と解析により、今回観測された振動模様は、他に知られている振動現象とも異なる新しい現象であることが判明したという。