産業技術総合研究所(産総研)と筑波大学は9月27日、二酸化炭素(CO2)と水素から、水素キャリアとして注目されている「ギ酸」を高効率で直接合成する技術を開発したと共同で発表した。
同成果は、産総研 触媒化学融合研究センターの川波肇上級主任研究員、筑波大大学院 数理物質科学研究群 化学学位プログラムの大野聖海大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する有機化学と無機化学に関する全般を扱う学術誌「Organometallics」に掲載された。
水素は常温・常圧下では気体であるため、より貯蔵・運搬しやすい液体の水素キャリアの開発が進められている。現在、アンモニアなども水素キャリアとして研究開発が進められているが、安定な有機液体であり、樹脂容器などを使って室温で安全に貯蔵・運搬が可能であることから、化学式HCO2Hで表されるギ酸も注目されている(日本においてギ酸は、水溶液中で90%未満の場合は、毒物および劇物取締法に規定される劇物に該当しない。また、水溶液中のギ酸が78%未満では、消防法に規定される危険物に該当しない)。
しかしギ酸は、それを脱水素反応(脱炭酸反応)により分解して水素を製造する際に、液化CO2も副生されてしまうことが大きな課題だった。ただし、その液化CO2を回収してギ酸の合成に利用できれば、CO2の排出を防ぐことが可能だとする。ギ酸は、工業的には一酸化炭素とメタノールから製造される「ギ酸塩」を酸性にすることで生成されるが、研究室レベルにおいては、CO2と水素からギ酸塩を合成する技術がすでに多数報告されている。しかし、ギ酸塩では水素製造には直接利用できないため、ギ酸に変換する際にコストや手間がかかることが次の課題となっていた。
そうした中、研究チームはギ酸を水素キャリアとして活用できるシステムを構築するため、圧縮機を使わない高圧水素連続供給法や、フロー式によるギ酸からの連続発電システムなど、ギ酸から水素を製造・利用するための技術の研究開発を進めてきた。今回の研究では、水素とCO2から直接ギ酸を合成する技術を開発することにしたという。
ギ酸から水素1kgを取り出すと、理論上22kgのCO2が副生される。つまり、ギ酸を水素キャリアとして無駄なく利用するには、水素だけでなく、CO2を確実に回収して利用する技術も必要。研究チームでは過去の研究により、ギ酸から得られた水素とCO2を分離し、高圧水素と液化CO2として回収する技術を開発済み。そこで、この回収した純度の高い液化CO2を排出せずに水素と共に利用し、ギ酸を直接合成する技術の開発が進められた。
水素とCO2から直接ギ酸を合成するためには、高効率でギ酸を生成するだけでなく、生成されたギ酸が分解して水素とCO2に戻ってしまう反応を抑制する必要がある。今回の開発での重要な発見は、有機金属錯体の「イリジウム触媒」の存在下で、各種溶媒中でギ酸が水素とCO2に分解し、高圧ガスが生成される速度を測定した際に、溶媒によってその速度が大きく変化することが見出されたことだったという。
中でも、分子内にフッ素原子を6個含む化学式(CF3)2CHOHで表されるアルコール「ヘキサフルオロイソプロパノール」(HFIP)中では、ギ酸の分解速度が水中の場合と比べて2分の1に遅くなることが判明。しかも、高圧ガス生成も水中では37.9MPaであるのに対し、HFIP中では1.20MPaと約32分の1の圧力しか出ないことも明らかにされた。一方、ギ酸の合成については、水の場合よりHFIPの場合の方が水素とCO2からの反応中間体(イリジウムヒドリド錯体)の生成速度が4倍速く、全体としてギ酸の生成速度が1.5倍以上速くなり、ギ酸の生成量も3.5倍多いことが確認された。
今回開発された技術と、これまでに研究チームが開発してきた技術(圧縮機を使わない高圧水素連続供給法およびフロー式によるギ酸からの連続発電)を組み合わせることによって、研究室レベルではあるが、CO2を排出せずに循環させ、ギ酸を水素キャリアとして使用するシステム(水素をCO2と反応させてギ酸へと変換して貯蔵し、そのギ酸から高圧水素を製造し、さらに副生されたCO2を回収し、それを用いてギ酸を合成する)のコンセプトが実証できたとする。研究チームは今後、開発した技術のベンチプラントスケール、パイロットスケールへのスケールアップを行い、2030年の社会実装に向けて実証実験を進めていく予定とした。
またギ酸は現在、今回扱った合成法だけでなく、電気化学的な合成法や、バイオマスやバイオガスからの合成法など、さまざまな合成技術が開発されている。将来的には、それらの技術で合成されたギ酸も含めて水素キャリアとして利用するシステムの構築も目指していくとしている。