立教大学と山形大学は9月26日、水面を利用した独自技術である「液晶混合展開法」を用いることで、脳に見られる神経ネットワーク構造を模倣した導電性高分子の単分子膜ネットワークの作製と、そのナノ構造(膜密度・積層構造・分子配向など)の制御に成功したことを共同で発表した。

同成果は、立教大 理学部の永野修作教授、同・石﨑裕也助教、同・原直希大学院生、同・松田大海大学院生、山形大 理学部の松井淳教授、名古屋大学 未来社会創造機構の関隆広特任教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、材料科学や電子および磁性材料の工学などを扱う学術誌「Advanced Electronic Materials」に掲載された。

近年の生成AIの進展には目覚ましいものがあるが、現在のAI技術はソフトウェアベースにより実現されているため、莫大な計算コストや消費エネルギーの増加などが課題となっている。低消費電力でもって学習・演算を高速度で行える技術が強く望まれており、そこで注目されているのが、エネルギー消費量が極めて少ないことで知られる生体の脳が行っている演算を模倣した「リザバーコンピューティング」だ。

リザバーコンピューティングは、入力・リザバー・出力の3層で構成されており、リザバー部と出力部の間の結合重みだけを学習させるため、計算コストが小さく高速な学習・演算を可能とする。とりわけ、画像パターン認識や音声認識など時系列データを取り扱うのに適していることが知られている。その中でも期待されているのが、リザバー部位を物理的ハードウェアで実装し、材料そのものに演算を行わせる「マテリアルリザバー」(「物理リザバー」ともいわれる)だ。

これまで、金属ナノ粒子や有機半導体材料、強誘電性材料など、さまざまな材料系においてマテリアルリザバー素子が報告されており、脳内の神経ネットワーク構造を模倣したネットワーク状の情報伝達経路や非線形の電気特性(高次性や短期記憶など)が重要であることが示唆されてきた。しかし、これまでに報告されてきたマテリアルリザバー素子は、ランダムなネットワーク構造が用いられており、その構造と素子特性との相関はいまだ不明瞭であるという点が問題だったという。

そうした中、研究チームはこれまでの研究から、独自開発の液晶混合展開法を用いることで、有機半導体高分子からなる単分子膜の形成やそのナノ構造(配向や膜厚など)を自在に制御できることを報告してきた。液晶混合展開法は、通常は水面で凝集するような疎水性の高分子材料群に対して単分子膜形成を可能とする手法。たとえば、「5CB」のような両親媒性の低分子液晶と共に水面に展開することで、同液晶が気水界面に疎水性の場を提供し、水面において二次元的に広がった疎水性高分子の単分子膜の形成を可能とするという。そこで今回の研究では、同手法応用することで、脳の神経ネットワーク構造を模倣した有機半導体高分子の単分子膜ネットワークの作製を試み、そのネットワーク構造と電気特性との相関を詳細に検討することにしたとする。

  • 液晶混合展開法のイメージ

    液晶混合展開法のイメージ。通常は水面で凝集してしまうような有機半導体高分子であっても、両親媒性の低分子液晶と共に水面に展開することで、単分子膜を形成することができる。また、表面圧や積層数などを調整することで、膜密度や分子配向、幾何次元なども制御することが可能とした(出所:立教大Webサイト)

高分子材料には、一般的な有機半導体高分子材料として知られる「ポリ(3-ヘキシルチオフェン)」(P3HT)が用いられ、さらに導電性を付与するために代表的な低分子ドーパント(高分子主鎖の電気伝導性を担う電子やホールを注入するための材料)である「F4TCNQ」が用いられた。その結果、液晶混合展開法を用いることで、有機半導体高分子からなる単分子膜ネットワーク構造の作製に成功し、その二次元膜密度やドープ割合、膜厚、分子配向といったナノ構造を精密に制御することに成功したという。

次に、そのナノ構造と電気特性との相関が系統的に調査された。すると、二次元的に広がったネットワーク構造を示す単分子膜においてのみ非線形の電気伝導特性が見られ、二次元に制限されているネットワーク型の伝導経路が非線形の電気特性を発現するための重要な因子であることが突き止められたとする。このようにして調製された導電性高分子の単分子膜ネットワークは、非線形性や高次性、短期記憶といったマテリアルリザバー素子に必要とされる3つの特性を示すことも確認された。

  • 有機半導体高分子単分子膜の原子間力顕微鏡像と、対応する電流-電圧特性のイメージ

    有機半導体高分子単分子膜の原子間力顕微鏡像(左)と、対応する電流-電圧特性のイメージ(右)。均一に敷き詰められた単分子膜では線型の電流-電圧特性を示すが(青)、二次元のネットワーク構造とすることで非線形特性が現れる(赤)(出所:立教大Webサイト)

今回の研究で用いられた手法は、一般的に広く知られるさまざまな有機半導体高分子に適用することができる汎用的な手法であり、高分子材料ベースのニューロモルフィックマテリアル開発へ向けた強力な手法になることが期待されるという。また、今回の研究は従来の構造制御がなされていないランダムなナノ構造を有するニューロモルフィックマテリアル(神経模倣材料)とは異なり、用途に応じて自在に構造制御しうる同マテリアルの新たな設計指針となり、この分野の研究を加速させることが期待されるとしている。