京都大学(京大)、岡山大学、大阪大学(阪大)、京都工芸繊維大学(京工繊)の4者は9月17日、ヒトの神経細胞末端において、細胞質からシナプス小胞にモノアミン(ドーパミン、セロトニン、ヒスタミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質)を輸送する重要な膜タンパク質である「小胞型モノアミントランスポーター2」(VMAT2)の立体構造を、クライオ電子顕微鏡法(cryo-EM)を用いて原子レベルで解明することに成功したと共同で発表した。

同成果は、京大大学院 医学研究科のイム・ドヒョン助教、同・Mika Jormakka特定准教授、同・浅田秀基特定准教授、同・岩田想教授(理化学研究所 放射光科学研究センター グループディレクター兼任)、岡山大 自然生命科学研究支援センターの樹下成信助教、同・宮地孝明研究教授、阪大 蛋白質研究所(IPR)の加藤貴之教授、京工繊 応用生物学系の岸川淳一准教授、京大 医生物学研究所(LiMe) の野田岳志教授、同・杉田征彦准教授(京大 白眉センター兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

  • シナプス小胞における神経伝達物質の輸送を担当するVMAT2のcryo-EM構造

    シナプス小胞における神経伝達物質の輸送を担当するVMAT2のcryo-EM構造(出所:阪大Webサイト)

シナプス間のギャップで活躍する神経伝達物質は、VMAT2の働きによってシナプス小胞内に貯蔵・運搬され、シナプス間隙への開口放出に備えることが可能になる。中枢神経疾患の治療において重要なVMAT2阻害薬は、VMAT2の特定認識部位に結合することでその機能を抑制し、神経伝達物質の小胞内吸収を抑制する。そして、シナプス小胞内への神経伝達物質の貯蔵を妨げ、開口放出による神経伝達物質の分泌量が減少することで、シナプス間隙における神経伝達物質の濃度を減らす仕組み。

そのため、VMAT2は重要な創薬標的分子とされているが、現在上市されているVMAT2用治療薬は、神経伝達物質の過剰な抑制による副作用も指摘されているという。そこで研究チームは今回、VMAT2の基質輸送機構および阻害薬の阻害機構の分子基盤を解明し、より効果的な治療薬開発に資する構造情報の取得を目指すことにしたとする。

今回、スクリーニング測定用としてLiMeの「Glacios cryo-TEM」(加速電圧200keV)を、本測定にはIPRの「Titan Krios cryo-TEM」(加速電圧300keV)を用いた、2台のcryo-EMによる効率的な構造決定法が確立された。さらに、cryo-EMによる膜タンパク質の構造解析をより体系的に行うツールとして、VMAT2の立体構造を特異的に認識する抗体が作製された。

  • Cryo-EM解析によるVMAT2の立体構造

    Cryo-EM解析によるVMAT2の立体構造。細胞膜側から見たVMAT2のcryo-EM密度マップ(左)と、その分子モデル(右)。VMAT2の構造はN末端側とC末端側の両ドメインで構成されており、その間に中央空洞が形成されている点が特徴的だ。構造解析用のツールとして用いられた抗体フラグメントは、細胞質側でVMAT2と結合(出所:阪大Webサイト)

今回の研究では、VMAT2のアポ(基質非結合)状態、ドーパミン結合状態、VMAT2阻害剤「テトラベナジン」の結合状態の3種類の状態の立体構造が、それぞれ最大分解能3.05オングストローム(1Å=1000万分の1mm)、2.90Å、3.18Åで決定された。

  • 今回解明されたVMAT2の3種類の異なる状態の構造

    今回解明されたVMAT2の3種類の異なる状態の構造。基質結合なしのアポ状態、基質のドーパミン結合状態、阻害剤のテトラベナジン結合状態の構造が解明された。ドーパミンはVMAT2の中央空洞の一部を占めており、そのカテコルアミンがAsp399と塩橋を、Asn305と水素結合を形成することで安定的に結合している。一方、テトラベナジンはVMAT2の中央空洞全体を占めていることが特徴的で、その異なる結合様式によりVMAT2の全体構造は大きく変化し、細胞外領域が閉じられた閉鎖構造を取っているとした(出所:阪大Webサイト)

VMAT2は、「膜貫通ヘリックス(TM)1」~同6からなるN末端ドメインと、TM6~12からなるC末端ドメインで構成されており、両ドメインに囲まれた領域に中心空洞が形成されていた。そこにドーパミンが結合することから、そこを介して基質の輸送が行われることが考えられたとする。

  • VMAT2におけるプロトン結合の推定残基

    VMAT2におけるプロトン結合の推定残基。基質結合状態のVMAT2構造を安定化する2つの残基であるAsp426およびAsp399が注目された。機能解析を行うことで、これらが基質輸送に必要なプロトンの結合部位である可能性が提示された(出所:阪大Webサイト)

またドーパミンとの相互作用解析、点突然変異の導入による輸送活性の変化が測定され、モノアミンの輸送に重要なアミノ酸残基も同定された。特に、ドーパミンのカテコール基と塩基性アミノ酸残基との間で形成される水素結合や塩橋が、ドーパミンの安定的な結合に寄与していることが示されたという。

さらに、テトラベナジンが結合した構造から、同阻害剤がVMAT2の中央空洞全体を占めるように結合することで、広範な構造変化を引き起こすことが判明した。一方、VMAT2が基質を輸送するためには2つのプロトンが必要と考えられていたが、今回の結果からプロトン結合部位として「Asp426」と「Asp399」のアミノ酸残基が推定された。さらに、それらがVMAT2の輸送サイクルにおいて、構造変化を引き起こすための重要な役割を担う可能性も示唆されたとする。

  • VMAT2の交互輸送メカニズムの提案

    VMAT2の交互輸送メカニズムの提案。VMAT2の輸送サイクルの中で期待されるコンフォメーション状態を示す模式図。破線は今回解明された構造で、他のパネルは研究チームのこれまでの知見と、関連トランスポーターに関する先行知見に基づいて推測されたもの(出所:阪大Webサイト)

VMAT2は中枢神経疾患の治療標的であり、今回の成果は、同疾患に関連する新規治療法の開発においても貢献できる可能性があるとしている。今回、複数のVMAT2の詳細な構造情報が解明されたことで、既存の薬剤の作用機序がより深く理解されることに加え、新規の阻害剤やモジュレータの開発が加速する可能性があるとした。特に、今回特定されたドーパミン結合部位やプロトン結合推定部位は、新薬開発のための有望な標的領域となる可能性があるとする。これにより、現在治療が困難とされる精神疾患や運動障害に対する新しい治療法が登場することが期待されるとしている。