理化学研究所(理研)は9月10日、ショウジョウバエを用いて、個体の老化に伴って腸の組織幹細胞が疲弊していく際に、染色体の特定領域の構造と遺伝子発現が変化することを発見したと発表した。

同成果は、理研 生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チームのユ・サガン チームリーダー(理研 開拓研究本部 Yoo生理遺伝学研究室 主任研究員兼任)、同・内藤早紀特別研究員、同・シヴァクシ・スレク特別研究員(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。

  • 老化時に起こる腸幹細胞の過剰な増殖(緑)と、増殖しない疲弊した腸幹細胞(青)

    老化時に起こる腸幹細胞の過剰な増殖(緑)と、増殖しない疲弊した腸幹細胞(青)(出所:理研Webサイト)

組織幹細胞は、人体のさまざまな組織に存在する未分化な細胞であり、組織の維持や再生に寄与する(ヒトの場合、再生できない器官も多い)。老化すると組織幹細胞の機能に異常が起こり、過剰に増殖してがん化したり、反対に正常な増殖能を失って「幹細胞疲弊」と呼ばれる状況に陥ったりすることがわかっている。

ヒトにおいて、細胞のがん化の分子機構は理解がかなり進んでいる一方で、老化に伴って起こる幹細胞疲弊の分子機構はまだその多くがよくわかっていない。そうした中、研究チームのこれまでのショウジョウバエを用いた研究で突き止めたのが、その腸幹細胞が老化によってがん化する機構。そこで今回の研究では、この実験系を用いて、老化に伴い、どのような分子機構で幹細胞疲弊が起こるのかの解明に挑むことにしたという。

  • 若齢・老齢時における、ATAC-seqとRNA-seqを用いた主成分分析

    若齢・老齢時における、ATAC-seqとRNA-seqを用いた主成分分析(出所:理研Webサイト)

幹細胞疲弊の分子機構を調べるために研究チームが着目したのが、ショウジョウバエの腸幹細胞において、老化に伴う染色体構造と遺伝子発現の変化。若齢と老齢のショウジョウバエについて、染色体構造が「ATAC-seq」手法で、遺伝子発現が「RNA-seq」手法で、それぞれ解析が実施された。なお、ATAC-seqは、染色体の構造が、開いているか閉じているかを判別する手法で、開いていればその領域の遺伝子が発現しやすく、逆に閉じていれば発現しにくいことがわかる。またRNA-seqは、遺伝子が発現(転写)されてできるmRNAの量を定量することで、遺伝子の発現量を解析する手法だ。そして解析の結果、オスとメスの両方において、老化に伴い染色体構造と遺伝子発現の両者が変化することが確認された。

次に、染色体構造の変化が見られたDNA領域に対する詳細な解析が行われた。すると、転写因子「Trl」によって発現制御される遺伝子が多く発見されたという。これらの遺伝子領域の染色体構造は老化に伴い閉じていき、その発現も低下する傾向にあったとした。

  • Trlによって制御されるced-6領域の老化時の染色体構造変化

    Trlによって制御されるced-6領域の老化時の染色体構造変化。腸幹細胞において、Trlもしくはced-6の発現がRNAi法によって人為的に阻害されたところ、老化時の幹細胞疲弊が促進されたとした(出所:理研Webサイト)

Trlは、染色体構造を制御して標的遺伝子の発現や抑制に関わることが明らかにされている。また、Trlの発現制御を受ける遺伝子の1つに、「ced-6」がある。そこで、Trlやced-6の腸幹細胞での発現に対し、標的のmRNAを分解させることで特定の遺伝子発現を抑制する「RNAi(RNA干渉)」法による阻害が行われた。その結果、老化時の細胞増殖が抑制され、幹細胞疲弊を人為的に誘導できることが突き止められた。

  • Trlもしくced-6の発現阻害による老化時の幹細胞疲弊促進

    Trlもしくced-6の発現阻害による老化時の幹細胞疲弊促進(出所:理研Webサイト)

さらに、老化時以外の通常の細胞増殖が促進されるような状況で、Trlやced-6の阻害により、腸幹細胞の疲弊を誘導できるかが調べられた。ストレスを受けた腸組織は、幹細胞を増殖させて傷を修復しようとするが、そのような状況でも、Trlやced-6の発現を阻害すれば幹細胞疲弊を引き起こすことができたという。つまり、Trlやced-6の幹細胞疲弊への関与は、老化時だけでなく、細胞増殖が促進されるさまざまな状況で起きることが判明したのである。

  • 老化時に腸幹細胞で起こる細胞疲弊の分子機構

    老化時に腸幹細胞で起こる細胞疲弊の分子機構。老化すると、Trlが制御する遺伝子(ced-6など)領域の染色体構造が閉鎖し、それらの遺伝子発現が低下することで、幹細胞は疲弊する方向に向かう(出所:理研Webサイト)

以上の結果から、老化時の幹細胞疲弊は、Trlで制御される遺伝子領域が閉じる染色体構造変化により、ced-6などの遺伝子発現が低下することで引き起こされるという分子機構が見出された。

研究チームは、今回発見された染色体構造と遺伝子発現の変化を伴う分子機構が、ヒトの老化時における組織幹細胞の疲弊にも関わっているのかを明らかにすることが、今後の課題としている。