神戸医療産業都市推進機構(FBRI)と日本IBMは9月10日、日本IBMの箱崎事業所で記者説明会を開催した。両者が持つリソースや技術、知見などの提供についてパートナーシップを締結し、日本のドラッグラグ/ロス解決と創薬力の強化に向けて生成AIを含むAI技術と電子カルテなどの医療リアルワールドデータ(RWD)を活用したAI組込み型の臨床開発(AICD:AI-Infused Clinical Development)を推進し、臨床開発業務プロセス全体の業務変革支援に取り込むことを発表した。

手間と時間がかかる治験のプロセス

冒頭、日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏は「当社が目指す未来のヘルスケアは、AIやテクノロジーを活用した『患者中心の医療』だ。そのために3つの観点で取り組んでいる。1つ目は患者に寄り添う安定した医療基盤の構築、2つ目は各患者に最適化された医療の提供、3つ目はすべての患者を取りこぼさない創薬・開発・供給だ。そのうち、今回の取り組みは3つ目の中の『AI組込み型の臨床開発』に該当する」と述べた。

  • 日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

    日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

  • 日本IBMが目指す未来のヘルスケア

    日本IBMが目指す未来のヘルスケア

近年、海外で承認されている薬が日本で承認されていないことによるドラッグラグ/ロスの問題が深刻化しており、2019年から2023年までの5年間でFDA(米国食品医薬品局)が承認したNME(新規化合物)243品目のうち、164品目(約67.5%)は日本では未承認であり、うち過半数は日本では開発されていないというのが現状だという。

  • 5年間でFDAが承認した新規化合物のうち日本では未承認の割合が多く、過半数が開発すらされていない

    5年間でFDAが承認した新規化合物のうち日本では未承認の割合が多く、過半数が開発すらされていない

このようなことをふまえ、神戸医療産業都市推進機構 理事長の成宮周氏は「国内で承認がされず、治験が進まない。これは非常に問題であり、国内の治験ができないだけでんかう、国際共同治験に参加すること難しい状況となっており、それを解決しようと考え、プロジェクトがスタートした。人間にはヘテロな遺伝・環境背景を持っていることから、同じ診断名でも要因や薬の有効性は個々さまざまであり、治験におけるプロセスは時間と手間がかかる。そのため、省人化して短時間で行い、正確な結果を得るととともに、膨大な承認申請の事務を最大限に省力化して治験を行うシステムを日本IBMと共同で構築する」と力を込めた。

  • 神戸医療産業都市推進機構 理事長の成宮周氏

    神戸医療産業都市推進機構 理事長の成宮周氏

治験に潜むさまざまな課題

問題の背景には、製薬企業にとっての日本市場の魅力度といった構造的な課題に加え、治験における被験者リクルーティングの遅れ、各種の関連文書・資料の作成・整備を含めた手続きの煩雑さなどによる治験期間の長期化も理由の1つとして考えられているとのこと。

治験期間の短縮化は、新薬の開発を加速し、製薬企業にとって経済的なメリットが大きいだけでなく、患者にとっても重要な要素となっている。特に既存の治療法がない、もしくは限られている患者にとっては、新薬が早期に市場に出ることで救命や生活の質の向上が期待されている。迅速な治験の実施は、患者への治療オプションの提供を早めるだけでなく、医療の進歩にも貢献する重要な課題となっている。

  • 臨床開発・知見の効率化におけるペインポイント

    臨床開発・知見の効率化におけるペインポイント

日本IBM 理事の先崎心智氏は「治験の効率化を進めるにあたり、いくつもの課題がある。治験策定時にはさまざまな情報収集や文書作成の必要がある。最も困難なことは医薬品が有効な患者の方をどのように見つけるかということ。条件にあった患者の方がどこにどの程度の規模で存在するかなど施設の選定に加え、実際に被験者をリクルーメントに多くの時間と業務負荷がかかっている状況だ。さらに、データに関しても手入力によるミスやデータの不備、膨大な申請文書の作成、レビューがある」と指摘。

  • 日本IBM 理事の先崎心智氏

    日本IBM 理事の先崎心智氏

これまで、FBRIに属する医療イノベーション推進センター(TRI)と日本IBMは、ライフ・インテリジェンス・コンソーシアム(LINC)のワーキング・グループでの活動を通じて大学病院、研究機関、製薬企業などと協議を重ね、電子カルテといった医療リアルワールドデータを活用し、治験と患者を早期にマッチングすることで患者リクルーティングを効率化する施策の調査・検討をしてきた。

AI組込み型の臨床開発を推進する7つの機能

今回、LINCでの検討を踏まえ、FBRIと日本IBMが新たに締結したパートナーシップにもとづき、TRIと日本IBMはAI組み込み型の臨床開発業務の実現による課題解決に取り組む。具体的には、TRIと日本IBMが知見を出し合うことにより、今後は7つの機能をはじめとしたシステムを開発し、将来的には臨床開発業務全般にわたり生成AIや従来型AIを活用していくことを目指す。

  • AI組み込み型の臨床開発として7つの機能を開発する

    AI組み込み型の臨床開発として7つの機能を開発する

日本IBMでは、AIを活用した臨床開発支援システムの開発や電子カルテなど医療データの収集・連携、研究開発への応用、医療機関の環境に応じたオープンなAIモデルの活用、AI倫理の実践と安全なAI運用の推進を手がける。

一方、FBRIとTRIは産学官医の連携促進や革新的な医療シーズの創出、臨床開発の早期化と上市支援、製薬企業・病院と連携した実用化を行う。今回の取り組みで開発・提供を予定している機能は以下の7つ。

1. 開発関連情報検索
AIにより組織内外の情報を検索のうえ、市場情報やUMN(アンメット・メディカル・ニーズ)・実施治験・競合情報を回答し引用元を提示

2. 電子カルテスクリーニング
jRCT(臨床研究等提出・公開システム)から生成AIにより選択・除外条件を構造化し、電子カルテデータの構造化情報および生成AIによるテキスト情報の検索を行い、選択・除外条件に合致する候補施設ごとの患者数・患者一覧を提示

  • 電子カルテスクリーニングの概要

    電子カルテスクリーニングの概要

3. 治験患者マッチング
AIにより選択・除外条件に合致する治験候補を提示

4. 同意取得支援
AIによる被験者からの質疑対応の支援

5. 有害事象情報検知
AIにより検索・抽出

  • 有害事象情報検知の概要

    有害事象情報検知の概要

6. データ・マネジメント
EDC(エレクトロニック・データ・キャプチャー)へのデータ連携を自動化するとともに、連携されてきたデータの不備を生成AIを活用して検知

7. 文書生成支援・プログラム生成支援
CSR(治験総括報告書)・CTD(コモン・テクニカル・ドキュメント)の文書、解析プログラムの生成AIによるドラフトおよびレビュー支援

見込まれる効果と将来的な展望

TRIと日本IBMは、特に治験長期化に影響の大きい患者リクルーティングの早期化に寄与する電子カルテ検索支援および治験患者マッチングに関して、医療機関や製薬企業と連携してシステムの開発と実用性評価を行う。

そして、AI技術と医療リアルワールドデータを活用したAI組み込み型の臨床開発の実現と社会実装により、臨床開発期間の短縮とコストの削減、日本のドラッグ・ラグ/ロスの解決と創薬力強化の一助になることを目指す。仮説ベースでは50%の時間短縮、ワークフローは30%の削減を目標にしている。

先崎氏は「臨床開発のあらゆるプロセスを抜本的に効率化し、治験の期間短縮、コストの削減につなげ、ひいては治療オプションが限られた/ない患者の方にオプションを提供していくことを目指す」と力を込めた。

一方、神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター長の川本篤彦氏は「われわれとしては日本IBMをはじめとしたIT企業と製薬企業との連携を円滑に進めることに加え、医療機関と製薬企業、日本IBMの連携を促進していく。もちろん、開発するシステムに対しても助言をしつつ、完成後には評価できるような知見の場を作り、貢献していきたいと考えている」と展望を語っていた。

  • 神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター長の川本篤彦氏

    神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター長の川本篤彦氏

2025年上半期には7つの機能が活用されることを想定しており、まずは関西圏の大学病院や病院を対象とし、その後は関東圏をはじめとした他地域への展開を計画。また、将来的には機能の拡充も視野に入れている。なお、構築に際しては医療機関の環境に合わせて、日本IBMのサービス・ソリューションも含め、さまざまなベンダーのクラウドとAIなどのソリューションを組み合わせていくという。