大阪公立大学(大阪公大)、アニコム先進医療研究所、ときわバイオの3者は9月4日、これまで高品質なネコiPS細胞がなかったが、不要な遺伝子の挿入で宿主細胞のゲノムを傷つける心配がなく、「三胚葉」への分化能力のある高品質なネコiPS細胞の作製に成功したと共同で発表した。
同成果は、大阪公大大学院 獣医学研究科の鳩谷晋吾教授、同・木村和人客員研究員、アニコム先進医療研究所、ときわバイオの共同研究チームによるもの。詳細は、日本再生医療学会が刊行する再生医療に関する全般を扱う公式学術誌「Regenerative Therapy」に掲載された。
ヒト同様に伴侶動物であるネコの平均寿命も延びており、その結果、慢性腎臓病や糖尿病といった疾患が生じやすくなっている。このような慢性疾患は、従来の治療法である薬や手術で治すことができない点が課題だという。また、ネコの品種や血統に起因する遺伝性疾患も問題となっているが、これら疾患の病態を解明する研究もまだあまり進展していなかった。
そうした状況から、ヒトの医療と同様に、獣医療でもiPS細胞を用いてさまざまな細胞や臓器を作り出し、それらを再生医療、病態解明、創薬分野へと応用するというニーズが高まっている。しかし、ネコiPS細胞の作製は非常に困難で、世界的にもほとんど報告が無いという。
これまでわずかに報告のあるネコiPS細胞の研究では、レトロウイルスベクター(ウイルスを利用した細胞内への遺伝子導入に使用される運び屋)などが使用されていたが、外来遺伝子が宿主細胞のDNAに挿入されてしいまい、宿主細胞ゲノムを傷つけてしまうことが問題だった。このようなiPS細胞を各種細胞に分化させて移植治療に応用しようとすると、外来遺伝子が活性化してがん化する危険性がある。
また、細胞の増殖を助けるフィーダー細胞(マウス胎子線維芽細胞)を、ネコiPS細胞と一緒に培養する必要があるため、臨床応用に適していなかったという。さらに、iPS細胞の品質を規定する重要な能力の1つに、「テラトーマ形性能」(iPS細胞が免疫不全マウスの体内で自ら分化し、外・中・内胚葉組織を含む特殊な腫瘍(テラトーマ)を形成する能力のこと)があるが、これまでのネコiPS細胞にはそれがなく、品質が低いことが課題となっていた。
以上のことから、遺伝子挿入が無く、高品質な(テラトーマ形成能を持つ)ネコiPS細胞を作製し、フィーダー無しで培養できる手法の開発が求められていた。そこで研究チームは今回、遺伝子挿入の無いネコiPS細胞を作製するため、これまでとは異なるタイプの「RNAウイルスベクター」を使用することにしたとする。
今回の研究では、RNAウイルスの「センダイウイルス」の遺伝子発現系を基に開発された、ステルス型RNAベクター(SRVベクター)が使用された。RNAウイルスはゲノムにRNAを用いているため、同ベクターにより遺伝子が導入されても、宿主の細胞内のDNAに挿入されることが無く、ゲノムを傷つける心配が無い。さらに、細胞から除去することも容易とする。
次に、ネコの6因子(iPS細胞作製に必須の4遺伝子(山中因子)+初期化に有効とされる2遺伝子)がネコ線維芽細胞に導入され、ネコiPS細胞の作製が行われた。その結果、低効率ではあるものの、線維芽細胞から遺伝子挿入の無いネコiPS細胞の作製に成功したとする。また今回の方法で作製されたネコiPS細胞は、フィーダー無しでの培養が可能であり、テラトーマ形性能も有していたという。
続いて、より高効率な作製法開発が目指された。ネコiPS細胞の作製効率が低い原因として、遺伝子導入されていない線維芽細胞が過剰に増殖し、遺伝子導入された細胞がiPS細胞になる過程を阻害している可能性が考えられた。そこで、薬剤で遺伝子導入されていない線維芽細胞を除去し、細胞の初期化が実施された。すると、遺伝子導入された線維芽細胞からネコiPS細胞を効率的に作製できるようになったとする。
最後に、成体からネコiPS細胞の作製が試みられた。ネコへの負担が小さく、入手しやすい細胞が探索され、ネコで一般的な避妊手術によって摘出・廃棄される子宮に着目したという。そして、子宮由来細胞でも遺伝子挿入無しかつ高品質なネコiPS細胞の作製に成功したとする。
今後、今回の研究で作製可能となった高品質なネコiPS細胞を世界中の研究者へ提供することで、獣医再生医療研究や遺伝性疾患の病態解明、新たな治療薬の開発への応用が期待されるとする。一方、ネコiPS細胞から目的の細胞や臓器を創り出す研究は、これから進めていく必要があるとした。ネコでは冒頭で述べたように、慢性腎臓病や糖尿病が深刻な問題となっているため、ネコiPS細胞から腎臓や膵臓を構成する細胞の作製方法の確立が、今後の研究課題としている。