金沢大学(金大)は8月26日、脳の記憶や学習に重要な役割を果たす「AMPA型グルタミン酸受容体」(AMPA受容体)の細胞外ドメインのナノメートルスケールでの動きを、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いて動画撮影することに成功したと発表した。

同成果は、金大 ナノ生命科学研究所の角野歩助教(同・大学 新学術創成研究機構兼任)、同・柴田幹大教授(同・大学 新学術創成研究機構兼任)、同・炭竈享司特任助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンス/テクノロジーに関する全般を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。

AMPA受容体は「GluA1」~「同4」の4つのサブユニットからなり、四量体のイオンチャネル型受容体として、中枢神経系の興奮性シナプスの可塑性に重要な役割を果たす。そのおよそ半分が、細胞外側の大きなN末端ドメイン(NTD)として存在している。このNTDが欠損すると、AMPA受容体のイオンチャネル機能は保持されるものの、シナプスへの移動と集合が妨げられることが明らかにされていた。しかし、NTDがシナプスでの集合をどう誘導するのか、その詳細な分子メカニズムは未解明だという。そこで研究チームは今回、高速AFMを用いて、脂質二重膜内に埋め込まれたAMPA受容体のNTDの動きをナノメートルスケールかつリアルタイムで可視化し、シナプス領域への集合に関わる分子メカニズムの解明を試みることにしたとする。

  • GluA2-γ2のイメージ。A~Dの4つのサブユニットで構成される四量体で、AとB、CとDが二量体(ダイマー)ペアを形成する

    GluA2-γ2のイメージ。A~Dの4つのサブユニットで構成される四量体で、AとB、CとDが二量体(ダイマー)ペアを形成する(出所:金大プレスリリースPDF)

今回の研究では、「HEK293細胞」にAMPA受容体のサブユニットGluA2とその補助サブユニット「TARP-γ2」を融合させたタンパク質を発現させ、単離・精製してGluA2-γ2の可溶化試料が作成された。その後、GluA2-γ2を脂質ナノディスクへ再構成することで、脂質二重膜内に埋め込まれた環境を再現し、0.3秒の時間分解能で高速AFMによる一分子イメージングが行われた。

  • 休止状態(リガンドが存在しない状態)で、脂質ナノディスクへ埋め込まれたGluA2-γ2の連続した高速AFM画像

    休止状態(リガンドが存在しない状態)で、脂質ナノディスクへ埋め込まれたGluA2-γ2の連続した高速AFM画像。(右端)NTDと脂質の軌跡が示されている(出所:金大プレスリリースPDF)

観察の結果、休止状態(リガンド非結合状態)とオープン/活性化状態(グルタミン酸結合状態)のGluA2-γ2のNTDが、脂質に対して水平方向に大きく揺れる動きをすることが判明。高速AFM動画では、脂質ナノディスクから突き出た2つのNTDダイマーが見えており、それらが互いに開閉する動きを示したという。

  • オープン/活性化状態(グルタミン酸が存在する状態)で、脂質ナノディスクへ埋め込まれたGluA2-γ2の連続した高速AFM画像

    オープン/活性化状態(グルタミン酸が存在する状態)で、脂質ナノディスクへ埋め込まれたGluA2-γ2の連続した高速AFM画像。(右端)NTDと脂質の軌跡が示されている(出所:金大プレスリリースPDF)

さらに、リガンドが結合しているがチャネルが閉じている「脱感作状態」でのGluA2-γ2の動きに関しての高速AFM観察が行われた。その結果、2つのNTDダイマーが脂質に接近し、ダイマー間の距離が広がり、揺れが制限されてほぼ動かない構造を取ることが確認された。研究チームは、GluA2-γ2のNTDダイマーが休止状態、オープン状態、脱感作状態で大きく構造変化し、これがチャネルの開閉と連動していると考えているという。

  • 脱感作状態(キスカル酸が存在する状態)で、脂質ナノディスクへ埋め込まれたGluA2-γ2の連続した高速AFM画像

    脱感作状態(キスカル酸が存在する状態)で、脂質ナノディスクへ埋め込まれたGluA2-γ2の連続した高速AFM画像。(右端)NTDと脂質の軌跡が示されている(出所:金大プレスリリースPDF)

また高速AFMにより、時折、NTDダイマーが1つ(モノマー)に分かれたり、再び元のダイマーに戻ったりする様子が観察されたとする。この「ダイマー分裂」現象はすべての状態で見られたが、特に、オープン/活性化状態では、分裂している時間が長いことがわかった。

  • GluA2-γ2の「ダイマー分裂」を示す連続した高速AFM画像

    GluA2-γ2の「ダイマー分裂」を示す連続した高速AFM画像(出所:金大プレスリリースPDF)

さらに、AMPA受容体のNTDダイマーは非常に強固なものと考えられていたが、時折、NTDダイマーが1つ(モノマー)に分かれたり、再び元のダイマーに戻ったりする様子も観察された。このダイマー分裂が、AMPA受容体のシナプス領域への集合に深く関与している可能性が考えられたことから、複数のAMPA受容体が隣接している部分にも焦点を当てての高速AFM観察が行われた。

その結果、近くに存在する2つのGluA2-γ2がそれぞれダイマー分裂を起こし、再び元のダイマーに戻る際に、もともとの四量体内で組み直すのではなく、隣のGluA2-γ2とサブユニットを交換して新たなダイマーを形成することがわかった。ダイマー分裂でNTDダイマーが交換されることで、他のAMPA受容体同士が結びつき、結果的にAMPA受容体がシナプス領域に集まってとどまるというメカニズムが考えられるとした。

  • ダイマー分裂により生じるNTDダイマー交換の瞬間を捉えた連続した高速AFM画像

    ダイマー分裂により生じるNTDダイマー交換の瞬間を捉えた連続した高速AFM画像(出所:金大プレスリリースPDF)

次に、シナプス領域で分泌されるシナプスオーガナイザータンパク質「神経ペントラキシンNP1」が注目された。GluA2-γ2とNP1の複合体が予測され、実際に高速AFMによりNP1の八量体構造とGluA2-γ2との結合が観察された。なお、ダイマー分裂によってNP1とGluA2-γ2の間に、新しい結合部位が現れる可能性が示唆されたという。GluA2-γ2のNTDダイマーの分裂は、NP1との新しい結合部位を生み出し、シナプス領域での結合力を強化することが考えられるとしている。

  • NTDのナノダイナミクスに基づくAMPA受容体のシナプス領域での分子集合メカニズム

    NTDのナノダイナミクスに基づくAMPA受容体のシナプス領域での分子集合メカニズム。GluA2-γ2のNTDダイマーは大きく揺れ動き、ダイマー分裂が時折生じる。このダイマー分裂により、(i)隣接するAMPA受容体とダイマーが交換される。(ii)シナプスに分泌されるシナプスオーガナイザー分子NP1による、橋渡し構造の形成やNTDとの親和力の増強といった、さまざまな作用が生じシナプス領域での集合が促進される(出所:金大プレスリリースPDF)

研究チームは今後、ダイマー分裂が細胞膜上で起こっているのか、他のシナプスオーガナイザータンパク質との結合、さらには、記憶や学習に関与する他のグルタミン酸受容体のナノ動態観察を通じて、記憶を分子レベルで解明していきたいとしている。