三井不動産は8月5日、新グループ長期経営方針「& INNOVATION 2030」に基づき、2030年を見据えた新たなグループDX(デジタルトランスフォーメーション)方針として、「DX VISION 2030」を策定したことを発表し、記者説明会を開いた。

三井不動産の10年間のDX史、攻めのITへ領域展開

三井不動産は2015年、「イノベーション2017」と銘打った経営方針の下で、「攻めのIT中期計画」を打ち出した。当時はDXを担当する部署が無く、情報システム部が主導した。ここではデジタルマーケティングやデータ活用など、攻めのITへの領域展開を宣言。同時に、IT人材の採用強化にも注力していたそうだ。

2017年には次の経営方針となる「VISION 2025」の下、「DX VISION 2025」を発表。この際にITイノベーション部を設立し、CX(Customer Experience:顧客体験)による社会課題解決と、EX(Employee Experience:従業員体験)向上のための働き方改革を進めた。続く2020年に、DXの名を冠するDX本部を設立。

同社が攻めのIT中期計画を発表してから、約10年が経過した。この間に、デジタルを活用した新サービスのリリースや、BI(Business Intelligence)のためのグループデータ基盤構築を進めてきた。また、主要システムの92%は刷新から10年以内、クラウド移行率は96%だ。社内ITシステムの満足度は86%だという。80名超のDXエキスパート人材を採用するなど、人員も確保した。

  • 三井不動産のDXの歴史

    三井不動産のDXの歴史

三井不動産の執行役員でDX本部長の古田貴氏は「攻めのITからDXを10年やってきたが、正直なところまだまだやるべきこと、やりたいことは多い。人材の力、つまり量と質によってやれることが増えると実感している。エキスパート人材は引き続き採用していく」と振り返っていた。

さらに続けて、「DX本部のエキスパート人材が『何をやりたいの?』と聞き、事業部門が『何ができるの?』と聞くような場面がある。逆も然り。DX禅問答とも呼ぶべき不都合な構造問題が残っている。この問題を乗り越えることがさらなる成長への鍵になるはず」と、新しいDX方針策定のポイントについて語った。

  • 三井不動産 執行役員 DX本部長 古田貴氏

    三井不動産 執行役員 DX本部長 古田貴氏

今回は、イノベーション2017から約10年が経過したタイミングで、DX VISION 2025の進捗を見直すとともに、新グループ長期経営方針に合わせてDX VISION 2030を策定。同社はこの新たなグループDX方針の中で、「&Customer」「&Crew」「&Platform」の3本柱を事業計画として掲げている。説明会では、それぞれの具体的な取り組みが示された。

DX VISION 2030においては、2030年までに社員の25%をDXビジネス人材(後述)へ育成し、その研修費用は累計10億円程度を計画している。また、グループ全体でのDX関連投資はランニング費用を含まずに年間350憶円程度を見込んでいるとのことだ。

  • DX VISION 2030の全体像

    DX VISION 2030の全体像

&Customer:リアル×デジタルビジネス変革

顧客向けの価値創造を進める&Customerでは、同社が不動産事業で培ってきたリアルの場に、B to BおよびB to Cの顧客ネットワークやデジタル技術を組み合わせて、不動産ビジネスにおける新たなイノベーションの創出を目指す。

同社はオフィス事業や物流事業による法人の顧客基盤に加え、ホテルや商業施設での個人顧客も抱える。さらにスポーツやエンターテインメント、住宅などの顧客接点に対し、デジタル技術を活用したプラットフォームを強化することで、リアルな場が提供する価値を最大化する。

加えて、同社は住宅・商業・ホテルの3事業において2022年にポイントの相互利用を開始している。こうした事業間またはグループ間の連携を強化して、三井不動産グループとしてのシームレスな顧客体験の提供を目指す。

また、同社は昨今、ライフサイエンスコミュニティ「LINK-J」や、スタートアップネットワーク「31VENTURES」、宇宙関連コミュニティ「cross U」など、コミュニティプラットフォームの拡大にも注力している。これにより、各施設のテナント企業や医療機関などを含めた協業を拡大することで、自社単独の領域を超えた新たなサービス開発やデータの利活用にもつなげる方針。

  • &Customerにおける取り組み

    &Customerにおける取り組み

&Crew:AI / デジタル人材変革

三井不動産の人材育成は、「DXビジネス人材」を目指す点に特徴がある。ビジネスとITの双方の能力を獲得した人材を増やし、越境しながらDXを加速できる特定人材への集中育成に注力する。

DXビジネス人材の育成には、2つの方向がある。まずは、ビジネス人材(総合職)がデジタル技術に関する理解を深める方向。もう一つは、ITスキルを持つエキスパート人材が不動産業のビジネスに関する理解を深める方向だ。

  • DXビジネス人材のイメージ

    DXビジネス人材のイメージ

同社はビジネス人材からの育成のために「DXトレーニー制度」を開始した。これは、事業部門のビジネス人材を選抜してDX本部へ1年間異動させ、座学と実践でデジタルスキルの習得を目指す取り組み。5カ月間の講義でDXに関するスキルを学び、続く7カ月間で各部門の実際の課題をテーマとした実践型のプロジェクトに挑む。

  • DXトレーニー制度

    DXトレーニー制度

エキスパート人材からの育成においては「ビジネスインターン制度」を開始。DX本部のエキスパート人材が事業部門へ6カ月間異動し、現場での業務を通じて不動産ビジネスへの理解を深める。現場で得た知見に基づいて、DX本部に戻ってから新たなDXプロジェクトを創出する。

  • ビジネスインターン制度

    ビジネスインターン制度

人材の育成と並行して、同社は生成AIの活用にも注力している。現在は、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)技術により社内の独自データと生成AIを連携する仕組みを内製開発しているとのことだ。

社外の顧客向けサービスにも生成AIを導入しており、生成AIによるチャットボットを搭載した「すまいのAIコンシェルジュ」や、東京ドームシティ内のキッズ施設「ASOBono!(アソボーノ)」の思い出を生成AIとの対話でオリジナルの新聞にできる「AI東京ドームシティ新聞」などをリリースしている。

  • 生成AI活用のビジョン

    生成AI活用のビジョン

&Platform:デジタル基盤変革

DXの根幹となるデジタル環境を整備するために、同社はグループ全体でのサイバーセキュリティの強化を図る。デジタル活用を進める中でサイバーセキュリティ対策が重要な経営課題であるとして、「基本的対策の徹底」「侵入がありうる前提での検知力 / 即応力強化」「可視化・モニタリング」「建物のセキュリティ強化」「グループセキュリティシステムの総合進化」の5つの基本方針を策定した。

インターネット上に公開されている情報をターゲットとした攻撃の対策としては、脅威インテリジェンスとASM(Attack Surface Management)を活用した迅速な脆弱性のハンドリングを行っている。国内 / 国外や有償 / 無償を問わずに情報ソースを収集し、ASMによって本当に対応が必要な脆弱性を絞り込んで迅速な対応を目指す。

また、ゼロデイ攻撃など対策が難しい攻撃に対応するため、攻撃態勢評価(ペネトレーションテスト)も実施している。具体的には、攻撃者が使用するようなツールを用いて、管理者権限の奪取や他のサーバへの侵入が可能かを検証する。昨今狙われやすい傾向があるActive Directoryは重点的にシミュレーションしているそうだ。

  • サイバーセキュリティ領域の取り組み

    サイバーセキュリティ領域の取り組み