心臓や心臓の血管を修復する際に用いる、劣化しにくく頑丈なパッチを大阪医科薬科大学と帝人などが製品化した。これまで化学合成品や生体組織を使う方法があったが、成長のたびに手術が必要となったり、使用可能な量に限界があったりと、欠点が多かった。今回製品化した「シンフォリウム」は、日本で古くから伝わる編み物の要領で、隙間に細胞がうまくフィットするような形状にした。今後、海外展開を目指すという。

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    今回製品化した「シンフォリウム」。強制的に劣化させたものも含めて強度試験を行い、人間の体内に留置しても問題がないことを確認している(大阪医科薬科大学提供)

大阪医科薬科大学の根本慎太郎教授(小児心臓血管外科学)は、先天性の心疾患がある子どもが、使う素材の品質によって血管や心臓の手術を何度も重ねなければならない課題を克服したいと考えていた。従来用いてきたフッ素系工業製品やウシの心膜などを使うと、癒着で再手術の難易度が上がったり、心臓の表面が分厚くなったりする。さらに素材の劣化や成長に伴い、再手術が必須だった。

新素材にできそうな丈夫で伸びる布の形態を考えてみたが、着物や帯のように縦横の糸が直角に交わる織物の形状では、強度があって組織が入り込めない。ストッキングにみられるような、ふわふわの編み物では組織が入りこめるが強度不足だ。これらを解決するハイブリッドな素材を作るため、根本教授は産学連携で取り組むことにした。

福井市の生地製造業「福井経編(たてあみ)興業」が絹の編み物を作っているというニュースを見て、「これなら強弱がコントロールでき、組織になじむかもしれない」と連絡を取った。「心臓や血管に使える劣化しない布を作ってほしい」と伝えたところ、同社はこれを快諾し、多くの試作品を作った。

だが、現在使われている体内で溶ける吸収性糸と、非吸収性糸を基に編んでもらったが、縫うと糸がばらけてしまった。強度を出すようにすると下敷きのように硬い素材になってしまう。試行錯誤の末、1年かけて、結晶性高分子のポリL-乳酸を使った吸収糸と、ペットボトルの素材であるポリエチレンテレフタレートを使った非吸収糸を編み、そこをゼラチン膜が覆うような柔らかい素材のパッチに仕立てた。厚みは0.4ミリメートル以下だった。

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    パッチが生体になじむ様子を図版にしたもの。あやとりのように美しい形で、吸収性糸と非吸収性糸がうまく絡み合ってできている(帝人提供)

根本教授が試しに実際の手術時に使用している針と糸で縫ってみると、スムーズに縫い合わせができた。体内に入れると、3カ月でゼラチンの膜が分解されて、組織がそこに入り込む。2年経つと吸収性糸が溶け、それ以上の年月が経つと非吸収性糸が伸びて組織になじむ仕組みだ。

パッチを心室中隔欠損症の赤ちゃん3人に実際に使ったところ、5年経過後も異常はなかった。帝人とも組むことで医療品としての承認が得られ、保険適用になった。今年6月から全国の医療機関への販売を始めた。

今後は幅広い世代の心疾患がある患者にパッチを使った全国31施設の150症例を追跡調査し、経年での問題が生じないか精査するという。根本教授は「論文を書くのが目的なら、ヒトに使えることが分かった時点で終わりにできる。しかし、今回はあくまでも『始まりの終わり』にしかすぎない通過点。これからは心臓の人工弁といった常に動く素材についても考えていきたい」と話す。

日本での臨床試験と同時に、米国や欧州での販売も目指している。米国の許認可を得るには、EOG(エチレンオキサイドガス)滅菌による残存ガス濃度試験といった別の観点からの試験も必要になる。「誰でも、どこでも使えるような素材で、再手術を減らしていきたい」と根本教授はいう。

製品名「シンフォリウム」は、英語で共にという意味の「シン」と、ラテン語で葉を表す「フォリム」から造った言葉で、「葉っぱのように修復部分をやさしく守り、治療を受けた子供とともに成長してゆく」という願いを込めている。

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