北海道大学(北大)と明治大学(明大)の両者は7月17日、日常生活におけるマルチタスク状態や臨床での認知機能トレーニングにおいて生じる「2つのことを同時に行おうとしてうまくいかなくなる状態」(二重課題干渉:DTi)に着目し、認知機能の維持・向上のエビデンス構築につながる神経メカニズムを明らかにしたと共同で発表した。

同成果は、北大大学院 保健科学研究院の澤村大輔教授、北大大学院 保健科学院の三浦拓大学院生、明大 理工学部の小野弓絵教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、神経画像化手法を用いた脳に関する全般を扱う学術誌「NeuroImage」に掲載された。

DTiとは、ヒトが認知と運動課題を同時に行う二重課題を実施した際に、それぞれの課題を単独で行うことよりも課題遂行能力が低下する現象のこと。これまでの神経画像研究では、DTiの神経基盤として、脳の前頭頭頂領域の活動上昇が確認されていたが、それらの皮質間でどのようなネットワークの働きがあるのかについてはわかっていなかったという。そこで研究チームは今回、高負荷の認知・運動二重課題によってDTiを誘発し、その根底にある神経基盤を局所の脳活動および皮質間の神経ネットワークの変化より明らかにすることを目的として研究を行ったとする。

今回は右利きの健康な若年成人34名が研究に参加し、運動課題には利き手での螺旋描画課題、認知課題には数字の連続加算を行う「paced auditory serial addition test(PASAT)」が採用された。同研究では、従来の歩行や姿勢制御課題ではなく、安全かつ汎用性の高い座位で実施可能な巧緻(こうち)運動課題である螺旋描画課題を採用した点が特徴的な点として挙げられるといい、これらの課題は先行研究において共通した両側の前頭頭頂領域の関与が確認されていて、同時に課題を行った際には神経資源の競合が生じることが推測されていた。

  • 研究の実施環境および課題の概略図

    研究の実施環境および課題(描画課題とPASAT)の概略図(出所:北大プレスリリースPDF)

そしてリハビリテーションへの応用可能性を見据え、測定環境はより実生活に近い環境下で実施されたとのことで、この点も今回の研究の独創的な点だという。安全性、低拘束性、非侵襲性などの利点を持ち、実生活に近い環境下での脳活動計測が可能な「近赤外線分光法」(fNIRS)が用いられ、二重課題遂行時の局所脳活動および脳ネットワークが分析された。

実験の結果、先行研究の通り、二重課題条件では単一課題条件と比較して認知および運動課題の両方の成績低下、いわゆるDTiが生じていることが確認されたとする。また二重課題条件では、先行研究の知見と同様に、右前頭葉の活動増加が確認され、さらに今回の研究では右前頭領域から右頭頂領域への皮質間のネットワークの強さを表す機能的結合性の増加、特に前頭から頭頂へのトップダウン信号の増加が新たに発見されたとしている。

  • 二重課題に特異的な右前頭葉の脳活動と右前頭頭頂領域におけるネットワークの結合性増加

    二重課題に特異的な右前頭葉の脳活動と右前頭頭頂領域におけるネットワークの結合性増加(出所:北大プレスリリースPDF)

加えて、二重課題条件と単一課題条件における前頭から頭頂へのトップダウン信号の変化とPASATの成績変化に有意な負の相関が示された。これらのことから、高齢者において顕著となるDTiおよびその神経基盤とされている前頭葉の活動が、高い認知負荷を伴う認知-運動二重課題実施時には若年者でも同様に生じることが示され、年齢別の認知機能水準を考慮した難易度設定の重要性を浮き彫りにするものであると考えられるとした。

さらに、今回の研究で発見された二重課題干渉に関連する右前頭から右頭頂皮質へのトップダウン信号の増加は、二重課題遂行時の過剰な認知負荷がかかっていること(マルチタスクで頭がパンクしそうな時の脳活動)を示すバイオマーカーである可能性が示唆されたとする。

研究チームでは今回の研究成果に対し、DTiとその根底にある神経メカニズムとしての脳内ネットワークの重要性を強調するものであり、さらなる神経基盤の理解につながるものと考えるという。また、個人の認知機能に応じた認知・運動二重課題を用いたトレーニングの提供や、認知機能低下を伴う比較的若年の精神疾患や脳疾患患者におけるトレーニングの臨床応用につながることが期待されるとしている。