大阪大学(阪大)は7月13日、心と身体の健康は密接にリンクしており、特に、代謝の働きが阻害される代謝性疾患(糖尿病、高血圧、肥満症など)や慢性炎症(腸炎など)と心の動きのつながりはこれまでから指摘されていたものの、その詳細なメカニズムは不明だったが、ストレス下において心の動きと全身代謝・炎症応答を結びつける因子として、神経の軸索が伸びる方向を決める分子である「セマフォリン6D」であることを同定したと発表した。

同成果は、阪大大学院 医学系研究科の中西由光特任助教、同・泉真祐子特任助教(常勤)(先端免疫臨床応用学共同研究講座)、同・熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科学)、同・大学 免疫学フロンティア研究センターの姜秀辰寄附研究部門准教授(免疫機能統御学)らの研究チームによるもの。詳細は、神経科学とその関連分野全般を扱う学術誌「Neuron」に掲載された。

  • 扁桃体セマフォリン6Dは、情動・代謝・炎症を制御することがわかった

    扁桃体セマフォリン6Dは、情動・代謝・炎症を制御することがわかった(出所:阪大Webサイト)

心と身体の健康は密接にリンクしていることがわかっている。これまで臓器別に理解されてきた肥満症、糖尿病などの代謝性疾患、腸炎などの慢性炎症疾患に実は脳が深く関わっていることが近年明らかとなり、「脳を介した多臓器連環」として注目されている。また、疫学的にも精神疾患と代謝異常の関連が報告されており、遺伝的要因と環境要因が複雑に絡み合っていることが示唆されているが、その詳細なメカニズムは明らかとなっていなかったという。そこで研究チームは今回、ヒトの遺伝型および表現型の網羅的解析を行うことにしたとする。

解析の結果、代謝系形質(BMI、体脂肪率など)と精神系形質(ADHD、統合失調症、神経質気質など)に遺伝的相関があることが見出された。それと同時に、共通する原因遺伝子として神経ガイダンス因子のセマフォリン6Dが同定された。

セマフォリン6Dは神経細胞の軸索が伸びる方向を決める分子で、血管形成や骨代謝、マクロファージ分化など、さまざまな生理活性が報告されている。しかし、脳におけるセマフォリン6Dの機能はわかっていなかったという。

そこで今回の研究では、マウスを用いた行動試験が行われた。すると、セマフォリン6D欠損により、不安行動や恐怖行動(不安様行動)が増加することが突き止められた。また高脂肪食による肥満モデルでは、セマフォリン6D欠損により交感神経が活性化し、肥満になりにくくなる一方で、全身の慢性炎症が強くなることも解明された。

次に、脳のどの部位のどの細胞がこれらの現象に関わるのかを解明するため、「空間的トランスクリプトーム解析」(組織上での位置情報を保持したまま遺伝子発現を網羅的に解析する手法)と「1細胞トランスクリプトーム解析」(遺伝子発現を1細胞レベルで網羅的に解析する手法)のデータの統合解析が行われた。その結果、感情中枢であり、不安や恐怖などの感情制御を担う「扁桃体」(側頭葉の内側に位置する、大脳辺縁系の構成要素の1つ)の抑制性ニューロンがセマフォリン6Dを発現していること、セマフォリン6Dは扁桃体において神経細胞のスパインの成熟に必要であると同時に、神経細胞の活動性を低下させる作用を持つ神経伝達物質である「GABA」の量を調節することを明らかにした。最後に扁桃体のセマフォリン6Dのみを欠損させたところ、上述の情動・代謝異常が再現されたという。

以上の結果より、ストレス下における不安応答、全身代謝、炎症応答の調節にはセマフォリン6Dによる扁桃体神経回路の形成が重要であることが示されたとした。

今回の研究成果は、代謝疾患や慢性炎症を脳の機能異常として捉え直す必要性、および精神疾患の背景に代謝や慢性炎症などの疾患が潜んでいる可能性を示唆するものとする。精神疾患、肥満症、糖尿病などの代謝疾患、腸炎などの慢性炎症疾患をまとめて1つの疾患概念として扱うことで、新たな治療法の開発が期待されるとしている。