東京大学(東大)は7月12日、強靭なサメの歯の無機成分として知られるリン酸カルシウム無機結晶「フルオロアパタイト(Ca10(PO4)6F2)」を主成分とした構造色を示すフォトニック材料の開発に成功したことを発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の加藤隆史教授、同・加藤利喜特任研究員(現・岡山大学 異分野基礎科学研究所 特任助教)、同・三上喬弘大学院生(日本学術振興会特別研究員)らの研究チームによるもの。詳細は、機能性材料に関する化学と物理学を扱う学際的な学術誌「Advanced Materials」に掲載された。
見る角度によって色が変わる「玉虫色」で知られるように、自然界にはそのタマムシを筆頭に、モルフォ蝶やクジャクなど、鮮やかな発色を示すために構造色を利用している生物が数多く存在している。通常の物質は、可視光の吸収と反射によってヒトの視覚で色が認識されるが、構造色はそれとはまた異なり、光の波長程度のナノ構造による光の散乱・反射によって発色する現象。
構造由来の発色であるため、色素や顔料とは異なり退色することがなく、環境問題の観点からも注目されている。そのため現在は、人工的にそのナノ構造を作って鮮やかな色材とするだけでなく、光を操るツールとするためのフォトニック材料の研究も盛んに行われているという。
棒状や板状の粒子は、水中で自発的に配向することで、ナノ構造を持つ液晶が形成される。特定の液晶材料は、ナノ構造に基づく構造色を示す。このような液晶からなるフォトニック材料は従来の固体材料とは異なり流動性があるため、粒子の配向制御や外部からの刺激により変化を引き起こすことができ、またこのような材料を塗料のように塗布することも可能だ。
しかし、棒状粒子は板状粒子に比べて配向制御が容易である利点がありながら、これまでのこのような構造色を示す液晶ナノ構造は一次元的に積み重なった構造が多く、応用が限定されていた。二次元に集合した液晶性フォトニック材料を開発できれば、粒子の配向制御により、光をリアルタイムで自在に操ることができる可能性があるという。そこで研究チームは今回、サイズの揃った棒状の「フルオロアパタイトナノハイブリッド」を合成し、二次元に集合させることで、フォトニック材料の開発を試みることにしたとする。
今回のフルオロアパタイトナノハイブリッドは、生物が骨や歯などの生体硬組織(バイオミネラル)を形成するメカニズムである「バイオミネラリゼーション」に着想を得て合成が行われた。粒子の形状観察と構造解析は、走査型電子顕微鏡と透過型電子顕微鏡を活用して行われた。合成条件を最適化することで、長さが886~600nm、直径が228~129nmで非常にサイズ分布の狭いフルオロアパタイトナノハイブリッドが合成された。また、その粒子は直径5nmの小さなフルオロアパタイトの微結晶の集合体であることも突き止められた。
フルオロアパタイトナノハイブリッド自体は歯のような白色を示すが、特定の濃度に調製することで液晶が形成され、青、緑、黄、赤などの発色が示されたという。非常に鮮やかな発色が示され、その反射率は50%以上にも及んだとする。また、タマムシやクジャクで見られる構造色のように、見る角度によって色が変わる様子が観察されたとした。
さらに、フルオロアパタイトナノハイブリッドを高分子ネットワークでできたゲル中に閉じ込め、動的な構造色を示すソフトマテリアルを得ることにも成功したという。合成されたゲルは鮮やかな構造色を維持したまま、見る角度によって色が変化する性質が示されたとした。そのゲルに圧縮が加えられたところ、フルオロアパタイトナノハイブリッドが形成したナノ構造の変化に起因した色の変化が観察されたとする。この圧縮による色変化は、10回に及ぶ変形でも繰り返し観察することができたとした。また電子顕微鏡観察によって、高分子ネットワークが粒子同士を緻密につなぎ合わせている様子も確かめられたという。
今回の研究によって開発された水とフルオロアパタイトナノハイブリッドからなる構造色を示すフォトニック材料は、地球に優しい色材としてだけでなく、微量タンパク質検知センサ、光を操るための光学材料、人工骨やインプラントなどのバイオ応用など、幅広い分野での実用化が期待されるとしている。