数値を分析し分析結果を次のアクションに生かす--。仕事をしていると当然の感覚かもしれないが、スポーツの現場、中でもデータ活用とはあまり縁のなかった育成年代(10代)においてもその動きが見られ始めて久しい。
福岡県飯塚市にあるサッカー強豪校、飯塚高校。2023年の全国高校サッカー選手権大会に福岡県代表として出場。筆者は同校の広報支援業務を担う中で、同校サッカー部約180人全員が使用する端末「Knows(ノウズ)」を知った。運動を数値化する最先端ウェアラブルセンサだ。
同部の中辻喜敬監督は「走行距離にハイインテンシティのパーセンテージと距離、加速回数、最大速度、スプリント回数(※)の6項目を主に見ている」と話し、それぞれで目標とする数値を持ち、選手たちには当日のデータを共有するという。
設定した基準速度(24km/h) 以上でダッシュした場合、スプリントとしてカウントされる
数値は嘘をつかない、というより「嘘をつけない」。たとえプロチームではなくとも、数値をもとに効率的な練習を考え、改善し、采配に生かす。高校サッカーの現場でそんな在り方に触れて、Knowsという製品の社会的価値や目指しているゴールを知りたくなった。Knowsを開発・販売するのは、2017年創業のSOLTILO Knowsである。
「さまざまな項目を計測する中で、選手それぞれの強みやウィークポイントを明確に見える化できるのがKnowsです。数値で自分を知った上で考えながら、強みを伸ばしたり苦手な部分を改善したりといった循環を作ってほしいと思っています」と話すのは同社の竹内一平さん。Knowsでできることやエピソード、展望などを竹内さんに伺った。
選手とチームの今を数値で捉えるKnows
Knowsのデータ計測の仕組みはシンプルだ。GPS搭載の小さなセンサを専用ウェアのポケットに装着すると、ウェアの左右に付いた心拍数計測パッドが心拍状態をリアルタイムで計測するというもの。
スタートボタンと終了保存ボタンを押すときを除き、計測中はネット環境が不要でBluetooth通信を活用するため、グラウンドでWi-FiやPCを使う必要はなく、手軽に使えるのが魅力といえる。
これにより心拍数や走行距離、最大速度、スプリント回数、中強度ランニング(SI)、高強度ランニング(HI)など1秒間にざっと100項目の計測ができる。計測データはリアルタイムで無料の専用アプリに表示され、CSVデータとしてもダウンロード可能だ。
ユニークな計測項目の1つに「根性」がある。当初はゲーム感覚で入れた項目だったというが、現在では重要視される指標になっている。心拍数の高さを6段階(Z1~Z6)に分けた各心拍ゾーンでスプリント数がカウントされると「根性値」として加算される。
特に練習や試合終盤の身体的消耗が激しいタイミングは総じて心拍数が高い。そこで全力で走れて高い根性値が出る選手は「交代させずに最後まで残しておこう」といった判断材料の1つになり得るという。
ただ、スプリントの発生回数はポジションとも関係するため、あくまで「厳しい局面で力を出せるかどうか」の一基準として見られている。
Knowsのデータはカレンダー形式で閲覧できる。そのため「いつ、何の練習をしたか」が一目瞭然で、スプリント順での並び替え、チームの平均値なども自動で算出可能。PCやタブレットの操作がある程度できる指導者であれば簡単に操作できるという。
データの加工が得意なコーチや監督は選手に見やすい形に、ダウンロードしたCSVデータを一部加工してシェアすることもある。あらゆるデータが自動で取得でき、見え方もカスタマイズできる点は、効果的なデータ活用の一助になっているだろう。
顧客の声を反映した開発・改善環境
Knowsは2019年に販売開始している。デモ機が完成した2018年は、各地の強豪チームや監督のもとを訪れ、製品紹介や試用の依頼に注力した時期だった。その頃からデータ活用への感度が高い監督は多数いたという。
海外サッカーの育成年代がさまざまなデータを取得して練習や試合に生かしていることを、強いチームの監督たちは当然のように知っていた。そんな監督たちにとってKnowsは、海外製品よりも安価に使えること、日本製ゆえ改善の要望を出しやすいことなどの理由から「待ってました」といえる製品だったかもしれない。
そういったキーパーソンを通じて、製品を導入する意義が横の繋がりから伝わり、製品販売・レンタルが始まった2019年以降も紹介経由やインバウンド営業での新規導入先が増えていくことになる。
現在(2024年6月18日時点)は、育成年代の高校チームが200以上、プロサッカーチームは約20、他大学やジュニアユース年代、女子サッカーも合わせると400以上のチームがKnowsを導入している(導入方法はレンタル、購入の2パターン)。
確かな実績を持つKnowsだが、今の時代やトレンドに合ったより良い製品にしようと、常にアップデートに努めている。機能改善は既存顧客(導入先チーム)の声をヒントに行われる。メンバーが顧客のもとを定期的に訪問し、現場から使用感や要望などのフィードバックを集め、機能改善をテーマにしたミーティングを週に一度開催する。
現場との密なやりとりと高い開発技術が掛け合わさり、顧客が真に必要とする機能がリリースされることで、Knowsのリピート率は高く、また新規顧客の大半は既存顧客からの紹介によるものだという。
たとえば、このようなやりとりを経て、直近で増える予定の項目に「ジャンプ回数」がある。これまでKnowsを使用するのはフィールドプレイヤー(FP)のみで、ゴールキーパー(GK)は使用しないケースが多かった。
しかし、現場からは「サッカーはGKも含めた競技だから、GKのスキル向上にも役立つ測定項目が欲しい」との声が上がっていたため、それがいよいよ結実することになる。
データの見える化はチームを強化し、選手の人生を変える
各選手のデータの見える化はチームを変える。好例を挙げると、2年前にKnowsを導入した京都大谷高校がある。当時は京都府内でも中堅どころで、それほど目立つチームではなかったが徐々に力を上げていき、6月には「全国高等学校総合体育大会サッカー競技京都府予選」決勝戦に進出。
4連覇を果たした東山高校相手に0-1で惜敗したが、同校監督からはKnowsを導入してから、選手たちが自分の力を100%出し切れるようになったとの声が寄せられている。
Knowsの測定項目に最大速度(km/h)がある。時速30km以上かどうかは速さの一基準になる。例えば、練習時には時速30kmが出ていても、試合時には時速27kmほどしか出ていないとなるともったいない。
Knowsを使用すると数値がリアルタイムで分かることから、意識的に全力を出し切れるようになるというのだ。また、トレーニングの観点で見ると、怪我の防止にも一役買っている。トレーニングのしすぎもしなさすぎも数値を確認することで是正できる。
データの見える化は「チーム」という単位より小さい「選手」の人生をも大きく変える。竹内さんは大学に進学してサッカーを続けようかどうか迷っていた高校生の事例を挙げた。
「都道府県内では一定の実績を上げていても、全国大会出場は叶わない高校チームは多数あります。全国大会はそれだけ狭き門ではありますが、全国大会出場経験がないことで、自分の実力に自信を持てない選手がいました。ただ、Knows導入後、自分自身の数値が全国レベルの選手並みだと分かり、大学進学後もサッカーを続けることに決めたそうです。『数値から自分を知ることができたおかげだ』と聞いたうれしいエピソードでした」(竹内さん)
「足元の技術がある」「走るのが速い」といった定性的な評価ではなく、定量的なデータから自分を知り、他の選手と比較して自分の現在地を知ったからこそ、その選手の進路は納得のいく形で定まったといえる。またサッカーを続けることで、大学卒業後の進路や選択肢にも広がりや奥行きが出てくるだろう。
選手が自分を知る以外に、チームが選手獲得時にKnowsのデータを参考にすることも多い。大学やプロのスカウトはKnowsが発表する「スタッツ(チームや個人の成績)」をチェックしているという。
例を挙げると、全国大会(2023年度)に初出場した東海地方の高校の選手(FW)が、Knowsの「最大速度」ランキングで上位にランクインしてから、J1のクラブチームから声がかかり内定を勝ち取ったケースがあった。
データ利活用を通じてスポーツ、選手個人の発展へ貢献
最後に課題と今後の展望について聞いた。サービス開始からの5年間で蓄積されてきた、サッカーにまつわる膨大かつ多様なデータの利活用を模索している同社。具体的なアイデアはいくつも出てきている。
例えば、スカウトから目がかかっていない選手をデータをもとにプッシュするマッチングだ。先述のようにKnowsが発表するスタッツをチェックし、スカウト時の参考データとするプロチームも少なくない。スカウト担当者が見やすい形にデータを加工して手渡すことで、プロになる未来を諦めていた選手の道が開けるケースもあるだろう。
4月には「第60回デュッセルドルフ国際ユースサッカー大会」に出場した「日本高校サッカー選抜」のメンバーにKnowsを使ってもらい、日本の高校サッカー界でトップレベルともいえる選手たちのデータが集まった。
日本高校サッカー選抜では年に一度、全国の強豪高校サッカー部を代表する優秀な選手たちがドイツ遠征を行う。高校全体のデータと比べると桁違いに高水準なデータが出てきており、こちらを有効活用したいと同社は考えている。
ここまでサッカーという競技のみに触れてきたが、実はKnowsはサッカー以外にも、テニスや駅伝、ラグビー、ホッケーなどさまざまな競技で導入されている。有名なところでは阪神タイガースも2023年からKnowsを導入している。サッカーに限らず多様な競技で、データを取得し練習や試合で生かす取り組みが広がっている。
これまではGPSの仕様から屋外スポーツのみに対応していたが、屋内スポーツに対応したバージョンも年内か年明けごろのリリースが予定されているという。さらに競技や用途が広がっていくことが予想される。
屋内スポーツの複数のチームに対し体験会を行ったところ、とくにバスケットボールやバレーボール、ハンドボールで大きな反響があったと竹内さんは振り返る。日本の育成年代・プロスポーツ界においてデータ活用・分析が当たり前になる未来をこの先もKnowsは切り拓いていく。