東京医科歯科大学(TMDU)は7月10日、人工透析患者において歯科を受診している人は、未受診の人と比較して脳心血管疾患や感染症の発生リスクが低いことを明らかにしたと発表した。
同成果は、TMDU大学院 医歯学総合研究科 歯周病学分野の三上理沙子特任助教、同・大学 統合教育機構の石丸美穂特任助教、同・大学院 医歯学総合研究科 健康推進歯学分野の相田潤教授を中心に、順天堂大学の研究者らも加えた共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
人工透析患者の「年間粗死亡率」(1年間の死亡者数を同期間の患者数で割った割合)は高く、主要な死因は脳心血管病と感染症となっている。これまで歯周病やむし歯などの口腔疾患が、人工透析患者の死亡率に影響を与える可能性が報告されていたほか、歯周病治療が人工透析患者の脳心血管病や感染症を抑制することも報告されている。しかし、歯周病治療以外の歯科治療の効果については、研究されていなかったという。
一般的に、歯周病治療だけのために歯科に通院する人は少なく、むし歯治療、入れ歯の治療、抜歯なども含めたさまざまな治療のために通院することが多いほか、それらの治療が完了した後はメンテナンスのために定期的に通院する人も多い。そこで研究チームは今回、人工透析患者中で、むし歯治療、歯周病治療、入れ歯治療などを含めた、一般的な歯科治療のために歯科を受診している人(歯科治療群)、予防的なメンテナンスのために歯科を受診している人(メンテナンス群)は、まったく歯科を受診していない人(歯科未受診群)と比較すると、脳心血管病や感染症といった致命的な合併症の発生率が異なるのではないかという仮説を立て、その検証を行うことにしたとする。
今回の研究では、日本のレセプト(診療報酬明細書)データベース(保健医療機関が医療行為に対する診療報酬を保険者に請求するための情報で、病名や行った診療内容が記録されている)を用いて行われた。人工透析患者1万873名を対象とし、歯科受診状況により6152名が「歯科未受診群」、2221名が「歯科治療群」、2500名が「メンテナンス群」に割り当てられた。脳心血管病の発生は急性心筋梗塞、心不全もしくは脳梗塞の発生と定義、感染症は肺炎もしくは敗血症の発生と定義され、歯科受診状況の違いによる脳心血管病や感染症の発生リスクの違いが検討された。
分析の結果、メンテナンス群では脳心血管病の発生と、感染症の発生が歯科未受診群と比較して有意に低いことが判明したという。特に、肺炎についてはメンテナンス群だけでなく、歯科治療群も歯科未受診群と比較して、ハザード比が有意に低いことが明らかにされた。
今回の研究により、適切な歯科受診は人工透析患者の脳心血管病や感染症という致死的な合併症の発生を抑制し、生命予後の改善に有用である可能性が示唆された。人工透析患者は、飲水量の制限や唾液の減少などにより口腔内の環境が悪化しやすいにも関わらず、歯科受診率が低いことが知られているという。人工透析治療に関わる医療従事者は口腔環境の重要性を認識し、口腔ケアや歯科受診を促すような対策を講じる必要があることが考えられるとしている。