損害保険大手の三井住友海上は5月30日、「人々の挑戦を後押しする」というコンセプトの下、専門家監修による目標設計ダイアリー「#ふみだしチャレ 日記」を無料で配布し、SNSを活用した生活者参加型の取り組み「やってみるカメ?プロジェクト」を開始した。

自動車保険や火災保険を主力商品とする損害保険会社が「挑戦を後押し」という一見すると商品とは結びつきにくいコンセプトの施策を打ち出した背景にはどのような意図があり、どのように生活者とのエンゲージメントを生み出そうとしているのか。また、この施策から得られた知見やデータを自社のマーケティングにどのように生かしていこうとしているのか。

三井住友海上火災保険 CXマーケティング戦略部 CXアドクリエーションチームの久下永氏に話を聞いた。

  • 三井住友海上火災保険 CXマーケティング戦略部 CXアドクリエーションチーム 課長代理 久下永氏

1日5分の取り組みで“挑戦マインド”を育むツール公開

まずは、この「やってみるカメ?プロジェクト」がどのようなものかを紹介しよう。

「#ふみだしチャレ 日記」は、大リーグで活躍する大谷翔平選手が実践したことで話題となり、600社以上の企業でも人材育成に活用されている目標管理メソッド「オープンウィンドウ64(いわゆる原田メソッド)」を開発した教育家の原田隆史氏が監修した日記形式の目標設計・管理ツール。

同社は「#ふみだしチャレ 日記」を公式サイトで配布すると同時に、三井住友海上の公式X(旧Twitter)で、毎朝日々の生活や仕事場で小さな変化を生み出すことが期待できる「挑戦」を呼びかけ、それに応える形で利用者に取り組みを発信してもらう「今日の#ふみだしチャレ」というキャンペーンを開催し、利用を促していった。

このキャンペーンの狙いは、「誰もが気軽に自分の夢に挑める社会の実現に向け、1日5分の取り組みで自信を育てる」というもの。この点について、久下氏は次のように語る。

「毎日の挑戦を効果的に振り返ることで、日々の継続的な取り組みで小さな成功体験が積み上がり、挑戦に必要な自信の源となる自己効力感(自分はうまくできる、その能力があるという気持ち)が高まります。まずは、SNSで気軽に『お題=小さな挑戦テーマ』に応えてもらうことで、その成功体験を積み上げて挑戦への敷居を下げ、挑戦をもっと身近にすることを目指しました」

  • 三井住友海上が公開している目標設計・管理ツール「#ふみだしチャレ 日記」

損害保険会社としての“原点”に立ち戻り、消費者に思いを届ける

久下氏によると、この取り組みは一般消費者だけでなく企業からも「社員研修の教材として活用させてほしい」という問い合わせが来るほどの反響だったそうだが、ここで一つの疑問が浮かぶ。それは「なぜ、これを損害保険会社がマーケティング活動として実施したのか」という点だ。

本来、新規契約者の獲得、既存契約者とのエンゲージメント構築がマーケティングのゴールである損害保険会社にとっては、そのゴールに直結するようなマーケティング施策を考案するのがセオリーだ。しかし、あえて特定の商品との結びつきが想像しにくい施策を選択したのだろうか。

その意図について、久下氏は「損害保険会社とは何か」という存在意義を挙げた。そもそも損害保険は、大航海時代(15世紀から17世紀)のイギリスで、海運業が勃興した際に事故などで船荷が消失するかもしれないリスクをカバーするためにできたのが始まりだ。そしてその後、経済発展が続いたイギリスでは1666年に「ロンドン大火」が発生して火災保険が整備されたり、蒸気機関が実用化されると鉄道や自動車の保険が確立したりもした。

久下氏は「時代が大きく動くときにはさまざまなリスクが発生し、損害保険はその時代の変化を支える仕組みの一つとして機能してきた」と説明する。

「損害保険というと、自動車保険や火災保険など“事故への備え”、“事故が発生したら助けてくれる存在”というイメージが強いかもしれません。しかし、その前段階として、何かに挑戦するときに安心して一歩を踏み出すことができる“心の拠り所”となることが、私たちに求められている大きな役割だと考えています。それが損害保険に携わっている全ての社員に備わったマインドです。損害保険会社は世の中に新たな挑戦を生み出していくことが使命だという思いは、三井住友海上の社員は全員持っています」(久下氏)

デジタルを活用したユーザー体験で、エンゲージメントを深める

久下氏の説明の通り、先人たちがさまざまな挑戦をして社会を動かしてきた中ではいろいろなリスクが生まれ、それをカバーするために損害保険は発達してきた。では、現代社会はどうなのか。

同社が実施した意識調査では、若手社会人の7割以上が「挑戦」という言葉に心理的なハードルの高さを感じ、そして3人に2人は「自分は失敗する」と挑戦に対して消極的なのだという。「予測を超えた未来を作るには、安心して挑戦できる社会、何度でも挑戦できる社会が必要。しかし、若年層における挑戦へのハードルの高さは社会課題であると認識しました」と久下氏は説明する。

つまり、同社では「挑戦」というものに消極的な世の中を奮起させることで、改めて損害保険会社の原点、その存在意義をもう一度世の中に発信したいと考えたのだ。

「保険会社は“金銭的な補償をする会社”というイメージが強いですが、リスクがあってもサポートしてくれるという“安心感”も大きな価値です。さまざまな挑戦に自信を持って一歩を踏み出せる安心感を提供する会社として認知してもらうことを目指しました。そして、その思いを一方的に伝えるのではなく、消費者にも自らの声を発信してもらうことで、どういう支援をしてもらえるとより踏み出せるようになるのかを可視化したいとも考えました。実際に利用してもらった消費者からのフィードバックをしっかり見ていくという目的でSNSの活用を推進しています」(久下氏)

また、こうした企画を生み出した背景には、三井住友海上のデジタル活用への姿勢も大きく関係しているという。同社はシリコンバレー、東京、シンガポール、ロンドン、テルアビブに、オープンイノベーションの拠点として「グローバルデジタルハブ(GDH)」という施設を展開。新しい商品・サービスを開発するためスタートアップとの協業に向けたイベントなどを積極的に展開しているという。今回の企画も、デジタルを活用した新しいユーザー体験を作ることで、企業と消費者のエンゲージメントを深めていくという意図があるのだ。

「デジタルで接点を持つことで、お客様が何を考えているか、どういうことを求めているかがより可視化され、私たちもそのようなお客様の考えや行動に合わせて商品のお勧めにとどまらない的確な情報提供ができるようになります。デジタルを活用することで、より保険会社を身近に感じてもらえるのではないかと感じています」(久下氏)