物流業界では、現在物流2024年問題とCO2削減効果を狙った新幹線を活用した新たな物流事業に注目が集まっている。野村総合研究所(NRI)アーバンイノベーションコンサルティング部では、新幹線物流導入メリットや実際の社会実装、成立可能性について調査を行い7月3日、同社のメディアフォーラムでその内容の発表を行った。レポートでは、1日あたり約900トン(新幹線1便あたり1-2両)程度の潜在需要があり、事業として成立しうることを発表し、社会実装のための提案を行っている。新幹線物流がもたらす効果とその影響とはどのようなものかレポートする。
「物流2024年問題」と「CO2排出量削減問題」の2つの課題に対応する新幹線輸送
NRIが開催するメディアフォーラムは同社が報道関係者に対して最新情報の提供と意見交換を目的としてそれぞれ時勢に対応したテーマをベースに開催しているが、今回は「持続可能な物流構築に向けた新幹線活用の可能性」をテーマに需要と供給のバランスの検証と事業拡大のための方策や提案、社会に与えるインパクトなどをまとめた報告を行っている。
フォーラムでは、最初になぜ今新幹線物流なのかその背景についての説明が行われた。現在、物流業界は時間外労働の上限規制問題「物流2024年問題」と「CO2排出量削減問題」の2つの課題への対応が求められており、その解決アプローチの1つとして高速性と大都市と大都市をつなぐ交通の大動脈としての機能を持つ新幹線を物流システムに組み込むことが企画され、既にJR北海道とJR東日本の「はこビュン」やJR東海の「マッハ便」、JR西日本の西日本のブランド品を高速で運び品質を保つ「FRESH WEST」などのサービスが順次開始されている。
同社では、今回今まで明らかにされていなかった新幹線物流のメリットや事業の成立可能性などを明らにし、社会実装した場合発生が予測されるオペレーションや事業モデルの問題点及び、その課題解決の提案と新幹線物流が与える業界への影響などについて解説を行っている。
新幹線物流の潜在輸送需要は、路線全体で1日約900トン(大型トラック約140台分)
同社では、まず新幹線物流の導入に必要不可欠な潜在需要について推計を行っている。その手法は、まず新幹線駅勢圏間の総貨物輸送量を予測し、その中で速達性を有する航空貨物と同等の需要があると仮定して、その需要量の推計を行うというもの。推計手法は、「新幹線貨物需要量」と「新幹線車両供給量」を比較し需要量を推計している(推計の詳細については、下記図を参照)。
推計結果によれば、2025年度予測で新幹線路線全体において1日に大型トラック約140台分、貨物量としては約900トンの需要があると推計、特に東海道(2025年度予測:519トン)・山陽新幹線(2025年度予測:322トン)の輸送需要が多いことが分かった。
また、1便当たりの貨物需要量については、1箱(10kg)あたりに積載できる貨物を1両、200箱と仮定、貨物需要量を箱数・車両数に換算し計算。東海道・山陽新幹線区間では1便当たり2車両程度(上り約380箱、下り約420箱)、その他の区間では最大1車両程度の貨物需要が見込まれるという推計結果が得られた。
新幹線の空きスペースを活用することで需要に対応可能
レポートでは、これらの推計需要より1車両あたり200箱以下となるケースの場合、既存車両をそのまま活用した輸送方法が最適であると提案する。新幹線の貨物スペースに関しては、社販用に使用される「社販準備室」と旅客スペースの座席間スペースを使う「座席間格納」の2つが想定されており、それぞれ1車両あたり「社販準備室」が40箱(400kg)、「座席間格納」が200箱(2トン)の積載量あると仮定。
この積載量と、区間別1便あたりの平均車両数、車両の20%を貨物スペースとして利用可能(旅客の座席利用率を80%と仮定)という条件で、貨物積載スペースとして利用可能な車両数を計算した結果1便あたり、新函館北斗・秋田・新庄-東京間で1.7車両、新潟・敦賀-東京間で2.4車両、新大阪-東京間で3.2車両、博多-新大阪間で2.4車両、鹿児島中央-博多間で1.5車両、貨物スペースとして利用できると試算し、これにより現行車両をそのまま利用して潜在需要量を満たすことが可能であるとしている。
上記の結果により数値上では、既存の車両をそのまま活用しての物流事業の拡大が可能であるが、実際のサービスとして運用する場合、駅での荷役の効率化、輸送スペースの確保、輸送品質の向上、駅から発着地の輸送手段の確保など、複数の課題が浮かび上がってくる。これらの課題は、元々駅や車両が旅客向けに設計されていること、駅から荷物発着地への配送手段も同様で、同社ではいくつかの提案を行っている。
1つ目の提案が荷役オペレーションの改善と効率化で、駅での荷役については、専用台車の活用と専用の物流導線を用意し、旅客用エレベーターを効果的に活用することで迅速なホームへの移動を実現すること。新幹線内の搬入出においては、車両に特化した輸送機材を活用すること、駅での搬出は、搬送・積込工程の人員を分け、荷役は搬送から積込みまで一貫作業することで、トラック停車場所からホームまで戻る時間ロスを削減できるとしている。
2つ目に繁閑差を利用した柔軟なスペース配分や生鮮食品、医療品用の保冷ボックスや充電式の保冷コンテナ、荷物の位置情報を発信するトラッキングシステムの導入なども提案している。集荷・配送手段については、鉄道会社・物流業者共に一貫した輸送システムを構築することで安定的な高速輸送を行えるとする。
新幹線輸送システム導入の影響は?
フォーラムでは、新幹線での高速輸送システム導入の影響により、物流市場で「生鮮食品等の提供範囲の拡大」、「緊急輸送サプライチェーンの見直し」などのいくつかの大きな変化が起こることを予測している。「生鮮食品等の提供範囲の拡大」については、遠方の生産者や小売業者が新たな市場にアプローチすることが可能になることで、国内市場の活性化、航空との複合輸送による輸出拡大が期待できるとしている。
具体例として鹿児島産の鮮魚を新幹線で博多駅に輸送、そこから福岡空港を通して台湾やアメリカに輸送可能になる。東アジアでは特に新鮮な鮮魚へのニーズが高く、高付加価値商品化が期待されると共に東南アジアでも新たな市場が育ちつつあるという。