理化学研究所(理研)は6月27日、高性能かつ伸縮性に優れる「有機太陽電池」を開発したことを発表した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チームの福田憲二郎専任研究員(理研 開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 専任研究員)、同・染谷隆夫チームリーダー(開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 主任研究員)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

  • 今回の研究で開発された伸縮性のある有機太陽電池

    今回の研究で開発された伸縮性のある有機太陽電池 (出所:理研Webサイト)

有機太陽電池は、基板と基板上に透明電極と上部電極を備え、透明電極と上部電極の間には、発電層と正孔輸送層、電子輸送層が成膜されている構造だが、透明電極については、透明性・導電性・伸縮性の3つを備える材料がまだ見つかっていなかったという。そこで研究チームは今回、高いエネルギー変換効率(PCE)を有しながら、引張ひずみに対する高い耐久性を持つ伸縮性有機太陽電池の実現に挑むことにしたという。

今回の研究では、ポリウレタン基板上に、透明電極、正孔輸送層、発電層、上部電極の順に積層された伸縮性有機太陽電池が開発された。この透明電極には、導電性高分子材料「PEDOT:PSS」(P:PSS)に「4-(3-エチル-1-イミダゾリオ)-1-ブタンスルホン酸」(ION E)を添加したものとしなかったものを用意。異なる引張ひずみ下での電気的および伸縮性が評価されたところ、5mg/mLのION E添加透明電極は80%の引張ひずみで初期値の2倍未満の抵抗を、ION E未添加透明電極は40%の引張ひずみで初期値の122倍の抵抗をそれぞれ示したとのことで、ION E添加透明電極では伸縮性が向上すると共に、引張ひずみが増加しても抵抗の増加が緩和されることが示されたとする。

  • デバイスの構造と材料

    デバイスの構造と材料。(a)伸縮性有機太陽電池の概略図。ポリウレタン基板、導電性PEDOT:PSS(ION Eを5mg/mL含む)から成る透明電極、PEDOT:PSSから成る正孔輸送層、Ter-D18:Y6から成る発電層、共晶ガリウム-インジウム(EGaIn)から成る上部電極の順に積層した。(b)伸縮性有機太陽電池の電極材料と活性材料の化学構造 (出所:理研Webサイト)

また、透明電極の亀裂発生ひずみ(COS)値はION E濃度の増加に伴い、明確に増加することを確認したともしており、この結果から、ION E添加透明電極は大きな引張ひずみ下でも亀裂の進行が抑制されることが示されたともしている。

さらにポリウレタン基板-透明電極間の界面特性の評価のため、ION Eの添加によるP:PSSの分子構造と結晶構造の変化に加えて、P:PSS内、およびP:PSSとポリウレタン基板との間の2つの分子間相互作用の精査として、ION E未添加と5mg/mLのION E添加透明電極の二次元接着力マップが取得されたところ、ION E未添加P:PSSの接着力が1.15nNと、ION E添加P:PSSの接着力(5.66nN)よりも低いことが確認されたとのことで、この顕著な微視的接着特性が、透明電極の伸縮性に反映されているのかどうかをマクロレベルに判断することを目的に、界面接着力の評価を行ったところ、力-変位曲線は、ION E添加サンプルに適用された力が、ION E未添加試験片に適用された力の2倍以上であることが示され、この堅固な界面接着が剥離を抑制し、ポリウレタン基板への機械的応力を分散させることで、透明電極の面内亀裂の駆動力が減少し、亀裂の発生と伝播が遅れ、透明電極の伸縮性が向上していることが確認されたという。

  • 透明電極を構成する導電性PEDOT:PSSの特性

    透明電極を構成する導電性PEDOT:PSSの特性。(a)伸長中のポリウレタン基板と導電性PEDOT:PSSの積層フィルムの抵抗値変化(引張ひずみを加える前の値で規格化している)。(b)異なる量のION Eを含むポリウレタン基板と導電性PEDOT:PSSの積層フィルムの亀裂発生ひずみ(COS)値 (出所:理研Webサイト)

このほか、伸縮性有機太陽電池の発電層としては、2つの高効率ドナー材料を混ぜてランダム三元共重合ポリマードナーである「Ter-D18」を合成し、さらに低分子アクセプター材料「Y6」と混合させ、「Ter-D18:Y6」を作製。Ter-D18:Y6発電層と透明電極とポリウレタン基板の複合フィルムは、発電層をPM6:Y6としたフィルムと比較すると、COS値において亀裂の発生が遅延され、発電層の機械的特性が改善されていることが確認されたとするほか、ION E未添加またはION Eを5mg/mL添加透明電極の複合フィルムの機械的特性の比較から、ION E添加透明電極の複合フィルムは、亀裂の伝播が抑制されることを確認したとのことで、ION Eを含む伸縮性の高い透明電極は、発電層内の引張ひずみを効果的に非局在化して再分散し、それによって亀裂の発生と伝播を遅らせ、伸縮性有機太陽電池全体の機械的完全性(高い伸縮性)を保証することが確認されたとする。

  • 導電性PEDOT:PSSから成る透明電極とポリウレタン基板との界面の特性評価

    導電性PEDOT:PSSから成る透明電極とポリウレタン基板との界面の特性評価。(a・b)ナノスケールの透明電極の2次元接着力マップ。ION E無添加(a)、ION Eを5mg/mL添加(b)。(c)接着特性評価のための透明電極を含むサンプルの代表的な「力-変位曲線」(ION E無添加(緑)、および5mg/mLのION E添加(赤)) (出所:理研Webサイト)

伸縮性が確認された複合フィルムに、液体金属共晶「ガリウム-インジウム」(EGaIn)から成る上部電極を備えた電子輸送層フリーの有機太陽電池を作製、その性能を評価したところ、Ter-D18:Y6発電層の太陽電池は、伸長前に短絡電流密度(JSC)が25.18mA/cm2、開放電圧(VOC)が0.84V、曲線因子(FF)が0.67、PCEが14.18%という初期性能を確認したとのことで、研究チームによると、これらの値は、PM6:Y6発電層の太陽電池よりも優れていたという。

また、有機太陽電池を伸長ステージに取り付け、伸縮性の分析が行われたところ、PM6:Y6発電層の太陽電池は、32%の引張ひずみで初期PCEの80%が維持されたが、より高い引張ひずみでは急速に劣化することが確認された一方、Ter-D18:Y6発電層の太陽電池は、52%の引張ひずみでも初期PCEの80%を維持することが確認されたとしているほか、伸縮サイクルにおける機械的耐久性の評価から、Ter-D18:Y6発電層の太陽電池は、10%および20%の引張ひずみの100サイクル後も、それぞれ初期PCEの95%および85%を維持していることを確認、顕著な伸縮サイクル耐久性があることが示されたとする。

  • ポリウレタン基板と透明電極と発電層から成る複合フィルムの機械的特性

    ポリウレタン基板と透明電極と発電層から成る複合フィルムの機械的特性。(a)引張り応力下にあるPM6:Y6から成る発電層を備えた自立型複合フィルムの光学顕微鏡画像。上段は透明電極にION E添加なし、下段は透明電極にION Eを5mg/mL添加。矢印は引張ひずみの値が0%から40%に大きくなることを示している。(b)引張り応力下にあるTer-D18:Y6から成る発電層を備えた自立型複合フィルムの光学顕微鏡画像。上段は透明電極にION E添加なし、下段は透明電極にION Eを5mg/mL添加。矢印は引張ひずみの値が0%から60%に大きくなることを示している (出所:理研Webサイト)

なお、研究チームによると、今回の設計戦略は、優れたPCEを備えながらも伸縮性に課題を残す、他の優れた発電層材料の伸縮性向上にも適用可能だとのことで、今後、今回の設計戦略を利用することで、高性能な伸縮性有機太陽電池の実現に向けた新しい道が切り開かれ、衣服に貼り付けられる電源としてウェアラブルデバイスやe-テキスタイル用の電源開発につながることが期待できるとしている。