高エネルギー加速器研究機構(KEK)、京都大学(京大)、名古屋大学(名大)の3者は6月19日、宇宙が誕生し、ビッグバンに至る前に起きたとされる極めて急激な加速膨張期「インフレーション」の理論的な正しさを検証するために必要とされる、原始宇宙で作られた時空のさざ波である「原始重力波」の理論計算がこれまでは非常に複雑だったが、宇宙をモザイクアートのように捉え直す「分割宇宙アプローチ」の考え方を適用することで同重力波の計算を大幅に簡易化することに成功し、手計算でも同重力波の予言が可能となり、観測結果と比較できるようになったことを共同で発表した。

同成果は、KEKの浦川優子准教授(名大 素粒子宇宙起源研究所 特任准教授兼任)、京大 理学研究科の田中貴浩教授の共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。

  • 分割宇宙アプローチのイメージ

    分割宇宙アプローチのイメージ。実際の宇宙は上段のように場所ごとに異なる非一様な空間分布を持つため、宇宙の進化を解くには時間と空間に依存した方程式を解く必要がある。これを下段のモザイクアートのように粗視化することで、時間だけの方程式を単色の各ピクセルごとに解くというものだ(出所:共同プレスリリースPDF)

「宇宙はビッグバンで始まった」といわれるが、より正確には宇宙が誕生し、インフレーションを経て、その結果としてビッグバンが発生したとされる。インフレーションは、宇宙が誕生して1036分の1秒後から1034分の1秒後までの間に起きたとされる。その結果、誕生した瞬間は原子よりも遥かに小さかったとされる宇宙は、空間的に数十桁も大きくなったという。そしてインフレーション理論では、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉となったと考えられている。

この理論は、宇宙の観測を通じて原始宇宙の密度の濃淡である「原始密度揺らぎ」を調べる研究によって検証されてきた。量子的な場は、不確定性関係に基づき定まった値ではなく、微小な揺らぎである「量子揺らぎ」を持つ。インフレーションシナリオでは、加速膨張を引き起こしたスカラー場の量子揺らぎが原始宇宙における場所ごとに異なる密度の濃淡を作り出したと考えられており、その密度の濃淡を原始密度揺らぎという。

しかし、具体的に何が急激な加速膨張を引き起こしたのか、その全体像はまだ未解明であり、加速膨張宇宙を説明するため、これまで、数多くの理論(インフレーション模型)が提案されてきた。そうした模型のうちのどれが正しいのか(どれも正しくない可能性もある)は、それぞれの理論的な予言と最新の観測結果を比較することで検証できるという。

インフレーション期間中には、原始密度揺らぎと同様に、量子効果を通じて重力波が作られた。そして、極めて急激な加速膨張によってその重力波も引き伸ばされ、それが原始重力波となったと考えられている。原始重力波にはインフレーションを引き起こした真空のエネルギーの大きさなど、その模型に関する重要な情報が刻まれているという。しかし、原始重力波を模型ごとに見積もる理論計算は一部を除けばとても複雑で、インフレーション模型を特定する際の障壁となっていたとする。特に、微小な効果の非線形効果が異なる模型を区別する上で重要となるが、原始重力波のその効果を計算するには、多くの場合は数値計算が必要なため、同重力波の理論研究は一部の簡単な模型に限定されていたという。

  • 宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間

    宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間(出所:共同プレスリリースPDF)

原始重力波に比べ理論研究が進んでいる原始密度揺らぎについては、非一様な宇宙の空間分布をモザイクアートのように粗視化して捉え直す分割宇宙アプローチという計算方法がある。同手法では、時間と空間に依存した宇宙の進化を時間だけに依存した発展方程式を使って記述することで、計算が飛躍的に簡単になるというもの。一方、重力波についてはより複雑なため、同アプローチを用いた計算手法が確立できていなかった。そこで研究チームは今回、その確立に挑むことにしたという。

そして研究の結果、複雑な数値計算によらず、幅広いインフレーション模型を調べることが可能な、分割宇宙アプローチを用いた原始重力波の計算手法が確立に成功。同アプローチは、宇宙の進化を直観的に理解する際にも役立つため、原始重力波の時間進化の過程についての理解を深化できることも期待されるとした。