インテルは6月10日、IDCと共同で実施した「アジア太平洋地域のAI成熟度調査(2024年)」の調査結果に基づく日本のAI利用の現状についての説明会を開催。自社のAI Everywhereの取り組みを含める形で、アジア大平洋地域における日本のAI活用のポジションなどを説明した。

クラウドからエッジへと進むAI活用の方向性

調査を行ったIDC Japanのグループバイスプレジデント チーフリサーチアナリストである寄藤幸治氏は、「今回対象としたアジア太平洋地域の国・地域は日本、韓国、台湾、インド、マレーシア、シンガポール、インドネシア、オーストラリアの8か国・地域で、それらを合算したAI支出額は2023年から2027年にかけて年平均成長率(CAGR)28.9%で成長し、2027年には907億ドルに到達することが予想される」と、世界的な勢いでAIの活用が進められていることを強調する。また、その適用分野については、「現在(2023年~2024年)のAIドライバは、従業員の生産性向上やコスト削減、業務効率の向上などといった企業内部にフォーカスしたものが多いが、この数年のうちに新製品の市場導入の迅速化や、新たな収益源の創出といったような外部にフォーカスしたものにシフトしていき、2028年ころには現時点では予想もできない新たなユースケースも生まれてくると思っている」とAIの進化に伴って社会そのものも変化していくとする。

  • 2023年~2024年にかけてのAI支出の主なドライバー

    2023年~2024年にかけてのAI支出の主なドライバー (資料提供:IDC/Intel、以下すべてのスライド同様)

  • IDC Japanのグループバイスプレジデント チーフリサーチアナリストである寄藤幸治氏

    調査結果の説明を行ったIDC Japanのグループバイスプレジデント チーフリサーチアナリストである寄藤幸治氏

生産性の向上や業務効率の向上のためには、例えば製造現場では各生産設備などの稼働状況を踏まえる必要があり、センサを介して必要とするデータを取得する動きなどがある。ただし、すべてのデータをサーバに送っていると、設備が増えれば増えるほど、取得するデータポイントの数が増えれば増えるほど、ネットワークの帯域を圧迫することにもなる。そのため、設備などのエッジ側で必要なデータ処理を行い、その結果として残った重要データだけをサーバに送るといったエッジAIの活用が重要になってくる。寄藤氏も「2028年にかけてクラウドでのAI処理から、エッジでのAI処理に代わっていく。ただし、クラウド側で処理する作業も残るため、ハイブリッド型のAI処理が主流になっていく。こうした流れもあり、エッジコンピューティングの企業ITの支出総額に占める割合も増加傾向にある」と、エッジ+クラウドのハイブリッドAIの活用が今後、世界的にも推進されていくとする見通しを示す。

  • エッジに対する支出が増加傾向

    エッジに対する支出が増加傾向にあり、今後もAIの拡大に伴い、その傾向は続くことが予想されるとする

アジア最大市場は日本

今回、アジア太平洋地域は8か国を対象に調査が行われたが、8か国におけるAI支出は2027年には900億ドルを超すと予想されるものの、この勢いは今回の調査対象外となった米州およびEMEAと比べるといささか弱い可能性があるという。これは、米州やEMEAと比べて、より異なる文化、言語、そして各国ごとの規制の差などがあるためだが、そうした中にあって日本はAI市場の規模もIT市場の規模も対象8か国の中で最大だという。「日本におけるAI支出は、2022年から2028年のCAGRで30%、2028年には2兆5000億円を超える規模にまで成長する」(同)とのことで、その内訳として2023年ベース(6860億円)でAIソフトウェアに46.6%、AIサービスに25.0%、AIインフラに28.3%と半数近くがソフトに関連しているとする。また、この2028年までのCAGR30%という伸びについては、AIに関するエコシステムの拡大に加え、政府のAI活用を後押しする政策などが背景にあるとしている。

  • 日本におけるAI支出の現状

    日本におけるAI支出の現状

日本におけるAI支出を産業分野別に見ると、2023年でもっとも支出したのは小売りの24%、次いで製造の18%、そして金融の13%と続いている。IT支出として見ると、製造、金融、小売りという順になるので、小売りのAIに対する期待度の高さが垣間見える結果となっている。

3つの側面から8か国のAI利用の成熟度を調査

IDCとインテルによる調査では、8か国・地域に対して「組織的側面」「社会経済的側面」「政府政策的側面」の3つの側面からの考察が行われた(それぞれの比率は45%、40%、15%としている)。調査方法としては、IDCが行ったアンケート調査と、各国政府などが発行しているレポートなどを元にした二次データを組み合わせる形のもので、各側面の成熟度を100点満点で評価。4つの成熟度に分類した。

  • 今回の調査の評価軸

    今回の調査の評価手法

その結果、もっとも成熟しており、データドリブンが組織に根付き、長期的ビジョンに基づいた投資が行われているとされたステージ4「AIリーダー」にはシンガポールが、ステージ4までは行っていないものの、インフラが整備され、データ管理戦略に基づいて、AIイニシアティブの計画と管理のための協調的な取り組みが進められているステージ3「AIイノベーター」に、日本のほか、オーストラリア、韓国の3か国がそれぞれ入った。このほか、ステージ2「AI実践者」にはインドと台湾が、ステージ1「AI探索者」にはインドネシア、マレーシアが位置づけられた。

  • 今回の調査結果

    今回の調査結果

ステージ3となった日本について同氏は、「組織の側面がもっとも高い値を示したほか、社会経済は8か国・地域中トップという結果となった。これはAIを進めるうえでの社会インフラが整備されていることを示す。一方で、AIを活用して、しっかりと競争力の強化に役立てているか、という調査からは、日本企業の中で競争力の強化に役立っていると答えた企業は10%ほどで、この結果からAIリーダーまでたどり着けていないことを意味する。これは、AIに対する投資はしているものの、企業の競争力強化にまでは行きついていないことを意味する」と、現状の分析結果を説明する。

また、組織的な強みとして製造業における自動化やロボット活用に対する意欲が高いほか、医療機器など特定市場でのAI活用が盛んで、かつ実用にまで至っている点も評価されており、こうした動きが非製造業にまで広がっていくことが次のステージにあがるために必要だとした。ただし、高齢化であったり、企業文化に起因した組織変革の遅延といった要因に加え、IT全体として見た場合のレガシーシステムが残っていることによるAIの適用遅延や、日本国内でしか通用しない製品を多く使っている企業もおり、そうした部分がAI活用による効果創出を阻む壁になっているという側面があるとも指摘している。

さらに、政府レベルでもAIの活用推進に積極的な姿勢を見せている点は評価できる一方、スタートアップの数は他国に比べても少なく、かつ日本語という世界的に見れば使用する人の数が少ない言語圏であり、高品質なデータが不足が、そのスタートアップの創出の足かせになっている可能性があるとしている。

同氏は、こうした結果を踏まえれば、各プロセスごとにサイロ化するのではなく、標準化を推進し、かつオープン化も並行して進め、多くの人がデータを活用できる環境を整えていくことが今後は重要になってくると指摘。その背後で、既存のITシステムを柔軟性を持ち、拡張が容易なものにどうやって更新していくかが重要となってくるともし、そういった課題をどのように超えていくかが、今後、日本としての強さを維持していくために必要になってくることを強調した。

  • 調査に基づく日本への提言

    調査結果に基づく日本への提言

あらゆるAIニーズへの対応を進めるIntel

一方の6月1日付でインテルの代表取締役社長に就任した大野誠氏は、AI半導体などを手掛ける側の立場として、「AIに立ちはだかる課題として、複雑化が進み、その活用のためには大量の計算資源を必要とするため、決して安くはないコストを支払う必要がある。また、利用面でも学習からチューニング、推論、実用化といったことを完遂するのには多大な労力と時間が必要で、最近ではデータに対するセキュリティやユーザーのプライバシーの取り扱いを検討する必要性もでてきた」と、AIを活用していくためには、まだまだ課題が多いことを指摘。こうした環境に変化をもたらすべく、Intelとしてグローバルに「AI Everywhere」を提唱し、あらゆるプラットフォームでAIを活用できる環境の提供を目指しているとした。

  • 大野誠氏

    6月1日付でインテルの代表取締役社長に就任した大野誠氏

  • 実際にAIを活用するために検討が必要なさまざまな課題

    実際にAIを活用するために検討が必要なさまざまな課題

コンピュータ上でのAI処理としては現在、CPU、GPU、そしてNPUなどのAIアクセラレータといった大きく3種類の方法がある。Intelとしては、CPUとしては、NPUを搭載したCore Ultra(開発コード名:Meteor Lake)を搭載したノートPCが2023年12月より登場しているほか、ディスクリートGPU、そしてAIアクセラレータ「Gaudiシリーズ」と幅広い製品ラインナップを取り揃え、ユーザーニーズに全方位で対応しようとしている。

  • 多様なAIニーズに対応

    さまざまなプロセッサを展開することで多様なAIニーズに対応するという

中でもGaudi 3は64個のTensorプロセッサ・コア(第5世代)と8つの行列演算エンジン、HBMの128GB対応のほか、ボトルネックとなりがちなネットワーク周りについても200Gbpsイーサネットを24ポートサポートするなど前世代のGaudi 2と比べて機能拡充が行われており、開発環境としても専用ソフトウェアスイートを活用することで、少ないコードでAI活用を可能としているとする。

  • Gaudi 3の概要
  • Gaudi 3の概要
  • Gaudi 3の概要
  • Gaudi 3の概要

エッジでの活用を意識した製品群

学習とは対極にある推論処理は、エッジでも活用されることが高く、高い電力効率が求められることとなる。この課題に対して同社ではGaudi 3のほか、次世代Xeonとなる「Xeon 6」の高効率コア(Eコア)を採用した「Sierra Forest」(開発コード名)の活用も想定している。すでに、そうした高効率なEコアを採用した「Intel Xeon 6 processors with Efficient-cores 6700E Series(Xeon 6 6700E)」は発表済みとなっている。ちなみにXeon 6には高性能コア(Pコア)を採用した「Granite Rapids」((開発コード名)も別系統として用意されており、こちらについては2024年後半に正式発表される予定だという。

  • Xeon 6にはPコアとEコアの2系統が用意される

    Xeon 6にはPコアとEコアの2系統が用意される

Gaudi 3、Xeon 6よりもさらにエッジ側、パーソナルデバイスとしてユーザーに近いところでの推論処理に向けて同社ではAI PCカテゴリを提唱し、CPU、GPU、NPUを組み合わせたCore Ultraを投入した。すでに第1世代のCore Ultraは2024年6月頭時点までで800万台を出荷済み、2024年末までに4000万台が出荷される見通しだという。

さらに、2024年第3四半期には次世代AI PC向けプロセッサ「Lunar Lake」(開発コード名)も出荷を開始する予定のほか、2024年第4四半期にはデスクトップにも対応する「Arrow Lake」(開発コード名)も出荷を開始する予定としている。Lunar LakeはMeteor Lakeと比べNPU性能を4倍向上させ、CPU 、GPU、NPU合計で120TOPSを低消費電力で提供するプロセッサとしており、すでに20社以上のメーカーから80機種以上のノートPCが発売される予定だという。

  • AI向けクライアントプロセッサロードマップ

    AI向けクライアントプロセッサロードマップ。2024年下期はLunar Lake、Arrow Lakeと立て続けに出荷が予定されている

  • Lunar LakeのAI処理性能

    Lunar LakeのAI処理性能はGPU67TOPS、NPU48TOPS、CPU5TOPSの合計120TOPSとなる

日本にとってのAI Everywhereとは何か?

また大野氏は、「日本におけるAIの進化がどのようなもので、どのように進化していくかをインテル社内でも検討しているが、生成AIの認知度、活用が広がっていっていないという認識を持っている。その理由はいくつかあると思っているが、AIの学習のためには大量のコンピューティング資源が必要で、そのためには電力と水、そして人を用意する必要がある。水については日本はそこまで大きな問題にはならないが、電力についてはその原料のほとんどが輸入に頼っている状態であり、人についてもAIエンジニアが不足している。電力の問題は簡単には解決できないが、人材という面は教育の改善によって解決の方向に進められるのではないかと考え、“インテル・デジタルラボ”という小学生から社会人かで一気通貫のデジタル・AI教育プログラムを実施している」と、自社の教育に対する取り組みを説明。これからの活動という前置きながら、子供から大人まで、AIを知るためのきっかけの1つとなることを目指して取り組んでいくことを強調した。

  • インテル・デジタルラボのイメージ

    インテル・デジタルラボのイメージ。小学生から社会人まで、ステージごとに必要な教育の提供を行うことでAI人材の育成を支援することを目指している

なお、大野氏はAIはあくまで機能(ファンクション)であるとするIntelのPat Gelsinger CEOのコメントを引用。AIは今後、すべてのデバイスに搭載されるようになり、真のハイブリットAI時代を迎えるであろうことに言及し、そうした時代に対応できるデバイスを開発・製造していくことで、日本のAI活用を支援していきたいとしているほか、「多くの企業経営者と対話する中で、調査結果などと比べてもAIについて導入・検討を進めている企業が多い印象を持っており、日本人の国民性から調査レポートなどについては謙虚に答えているところが多いのだという印象があるほか、決してAIの活用で遅れているわけではなく、調査結果よりもより前に進んでいる感触もある」とし、調査結果にあまり縛られすぎず、それぞれの企業が必要とするAIの活用を引き続き推進してもらい、インテルとしてはその支援ができればと語っていた。