近年では、脱炭素への取り組みが重視されているが、それに続く企業の社会的責任として、生物多様性への対応も強く求められている。そんな中、電通とシンク・ネイチャーは今年の2月、企業の自然関連活動が、生物多様性やビジネスに与える影響を測定し、可視化するサービス「バタフライチェック」の提供を開始した。
そこで、サービス提供を行う電通サステナビリティコンサルティング室 生物多様性チームリーダーの澤井有香氏と電通サステナビリティコンサルティング室 クリエーティブライターの森由里佳氏に、今後、企業が取り組むべき生物多様性の活動と、それを支援する「バタフライチェック」の具体的なサービス内容について聞いた。
なぜ生物多様性への対応が企業に求められるのか?
澤井氏によれば、最近、生物多様性が注目されるようになった背景の1 つに、世界経済フォーラムが2020年に発表した「Future of Nature and Business」が影響しているという。
このレポート中では、自然を喪失することで世界のGDPの半分以上にあたる44兆ドル(約6800兆円)の経済価値を損失するが、ネイチャーポジティブへの投資と移行で、2030年までに3億9500万人の雇用創出と年間10.1兆ドル(約1550兆円)規模のビジネスチャンスが見込めることが言及されている。
さらに2023年には、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークが決定し、企業は生物多様性を重要課題と捉えなければならない気運が高まっているとされている。
特に日本企業の動きは早く、2024年1月に開催されたダボス会議では、TNFDアーリーアダプター(早期採択者)に、日本は国別で最多の80社もの企業が登録している。
「今までは自然に対する悪影響を、どのように抑えるかということがポイントになっていましたが、このまま何も手を打たなければ自然が失われ続けてしまうことが判明したため、損失を抑えるのではなく自然を再生させるという方向に移行したのが『ネイチャーポジティブ』という考え方です。さらには、ネイチャーポジティブを実現することによる経済効果の大きさも分かっており、日本だけでなく、世界中の投資家や企業が注目しています」(澤井氏)
そのような時流の中で、電通は「生物多様性がCSR文脈からビジネス文脈にシフトしていくのではないか」という考えの下、バタフライチェックをリリースした。
「今、企業活動が自然に対してどれほどのリスクや影響を与えているのかを情報開示していくことが求められており、多くの企業がTNFD対応に追われています。 しかし今後はそれに加え、“自然の再生”という文脈でポジティブな影響を与えられたかということや、さらにそれを持続可能なビジネスにできているかが評価される時代にシフトしていくと考えています。しかし、現状、自然関連活動に関しては、CSR(企業の社会的責任)の一環で行っている企業が多く、生物多様性を事業に結びつけることのハードルの高さを感じています」(澤井氏)
「この時代、企業がこれまで取り組んできている生物多様性アクションは価値があるものです。それにも関わらず、脱炭素と比べて効果が見えにくい点や、経済的価値を生み出しうるのかが分からず更なる投資・アクションに踏み切れないという点を課題に感じ、バタフライチェックの開発に至っています」(森氏)
「バタフライチェック」の概要
バタフライチェックは、企業の自然関連活動が生物多様性やビジネスに与える影響を測定し、可視化するサービスで、新規事業開発などの新たなビジネスにつなげることを支援するもの。
「実は、多くの日本企業がすでにネイチャーポジティブにつながるアクションを実施しています。CSRとして取り組まれている活動はもちろんですが、場合によっては原料の生産のための活動や、水源地の保護など、サプライチェーン内においてもネイチャーポジティブに寄与している可能性もあります」(森氏)
バタフライチェックの開発にあたっては、生物多様性の研究者である久保田教授率いる琉球大学発のスタートアップであるシンク・ネイチャーと共同で取り組んだ。
「主にシンク・ネイチャーさんにはバタフライの中央と左羽にあたる、生態系の変化や生態系サービスへの影響分析を担当していただいています。世界中の陸と海の生物多様性情報をビッグデータ化して所持しており、それをベースにAIによるシミュレーションを組み合わせることで生物多様性や生態系サービスに与える影響を数値化する技術をお持ちです。企業がどこでどのようなアクションを行えば自然環境にポジティブな結果を与えるのかのシナリオ分析も可能です」(澤井氏)
一方電通は、ビジネス観点で、企業の実施した自然関連活動によるマーケティングやブランディングへの影響を可視化していく。クライアントごとにウォッチすべき指標を設定し、各ステークホルダーからの評価を調査やヒアリングをもとに数値化するという。
この結果をもとに、スコアアップに向けた改善策や事業機会を抽出し統合的に分析。広報やPR、リクルーティング、新商品開発や新規事業などにつなげる支援を行う。
「現状、生物多様性とビジネスをつなぐことができている企業は数少ないと思います。バタフライチェックが、その両方をつなぎ、生物多様性が事業創出や企業価値向上に貢献する道のりを明らかにする第一歩になると良いなと思います」(森氏)
コエドブルワリーはPoCを実施
埼玉県川越市で「COEDOビール」などを製造・販売する協同商事は、バタフライチェックを実施した企業の1つだ。
測定したアクションは、「人工芝のグラウンドを有機農法の麦畑に変えた」というもの。同社では、そこで収穫された麦からつくったクラフトビールを音楽イベントで販売するなどの文化的な活動も含め、ネイチャーポジティブに資する活動に以前から取り組んでいた。
「分析の結果、サッカーグラウンドくらいの大きさの麦畑が、生物多様性において約9倍のプラスの効果を生み出していたことがわかりました」(澤井氏)
また、農地の保水力で水量調整機能が向上するなど、主に水関連の生態系サービスにプラスの効果がみられたという。また、ビジネス面においても、ブランドイメージやリクルーティングにも寄与することが分かり、生物種が増えただけではなく、その先にある企業価値につながっていることが可視化されたそうだ。
今後の活動について澤井氏と森氏は、バタフライチェックはあくまで「きっかけ作り」だと話す。
「まずはバタフライチェックで可視化して、自分たちの通信簿を知っていただくということが第一歩だと思います。そこから、その成果を活かして、あらゆるステークホルダーを巻き込み、いかに大きな動きにつなげていけるか。バタフライチェックは、まさにバタフライエフェクトを起こすきっかけになればと考えています」(澤井氏)
「今後は、生物多様性の効果をいかに事業や製品、企業コミュニケーションに落としていくのかに注目が集まります。ネイチャーポジティブ社会の実現のためにも、この動きを加速する一助になれたらと思います」(森氏)