京都大学(京大)は5月20日、理性を司る前頭前皮質(PFC)と感情を司る辺縁皮質・線条体との相互作用に着目し、ヒトと同様に発達したPFCを持つ、うつ病のマカクザルモデルを用いた動物実験で、2つの領野間にどのような信号が送られ、感情の変化に伴ってその信号がどのように変化するのかを明らかにしたことを発表した。
同成果は、京大 高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点の雨森智子特定研究員(学振RPD)、同・雨森賢一特定拠点准教授の研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
PFCは、ヒトの進化において、類人猿と比較しても特別に拡大した脳の領域で、行動の計画的な実行や短期記憶などの認知機能の中心とされ、さらに損傷すると感情の制御が難しくなることから、喜怒哀楽の感情を制御して理性を保つ働きをしていると考えられている。しかし、PFCがどのようなメカニズムで感情を制御するのか、という葛藤のメカニズムはまだ解明されていない。
感情制御は防御メカニズムの1つで、感情を抑えて理性に基づいて行動決定をするための脳の重要な機能とされる。うつ病などの精神疾患では、病的に悲観状態が続くなど、この感情制御が適切に機能していない状態に陥っているとされる。そこで研究チームは今回、ヒト同様に発達したPFCを持つ「マカクザル」を用いて、PFCと辺縁皮質・線条体との相互作用に着目することにしたという。そして、2つの離れた領野間にどのような信号が送られることで、感情が制御されているのかを調べることにしたとする。
今回の研究では、辺縁皮質の中でも、うつ病と特に関係の深い「前帯状皮質膝下部」(sgACC)に対する微小電気刺激を行って価値判断を悲観的に誘導し、うつ病のマカクザルモデルが作り出された。
また、PFCと辺縁皮質・線条体は離れているため、これまでは詳細な解析を行うことは技術的に困難であり、両領野間の生理学的な相互作用の解析は進んでいなかったという。そこで今回、新たに多点電極記録法が開発され、PFCから辺縁系に至るさまざまな領野の「局所電場電位」(LFP)のベータ振動を同時に記録し、理性と感情に関わる領野間を連絡する信号が調べられた。その結果、意思決定の価値判断に関わる情報が、LFPのベータ振動の強度で表されていることが判明したという。なお同振動は、大脳皮質・大脳基底核において、2つの離れた領野間の信号の同期・通信に関わる、トップダウン型の制御信号を担うものと考えられている。
そこで、PFCと辺縁皮質・線条体の間のベータ振動の同期が着目され、PFCから辺縁皮質・線条体への信号の流れ(方向性)が「グレンジャー因果性解析」によって調べられた。その結果、PFCから辺縁皮質・線条体に対して、ベータ振動のトップダウンの情報の流れがあることが確認された。
このPFCからの信号が、実際に感情の制御に関係することを示すため、うつ病に関わりが深いとされるsgACCを微小電気刺激(EM)法により刺激し、EM前後のマカクザルの意思決定と価値判断の変化が定量的に解析された。sgACCへの刺激により悲観的な意思決定の増加が認められ、マカクザルにうつ病様の症状が認められたという。
この、うつ病マカクザルモデルにおいて、PFCと辺縁皮質・線条体のベータ振動が記録されたところ、PFCからのトップダウン信号が有意に減弱していることが明らかにされた。このことから、sgACCのEM刺激によって誘導される、うつ病様の悲観状態では、PFCの信号の影響が弱く、理性的でない感情的な意思決定の原因になっていることが考えられるとした。
ヒトを含む霊長類は、げっ歯類と比較して脳のサイズが非常に大きく、階層的な構造を持つ離れた領野間の相互作用が情報処理に重要な役割を果たしていると考えられている。今回の研究により、霊長類における脳の大規模ネットワークにおける情報処理メカニズムの基盤となる神経活動が明らかにされた。研究チームは今後、社会性・好奇心など、さまざまなコンテキストが感情に及ぼす影響を調べていきたいとしている。