SBI証券は4月23日、国内株式のオンライン取引システムのAWSクラウドへの移行が完了したと発表した。これにより、1日当たり最大2兆円を超える国内株式の取引がAWSクラウド上で実行されることになる。同日、記者会見が開かれ、プロジェクトに関する説明が行われた。
強靭性、アジャイル、スピードを実現するためクラウドを選定
SBI証券 常務取締役 兼 SBIシンプレクス・ソリューションズ 代表取締役社長 助間孝三氏が、オンプレミスで運用していた国内株式のオンライン取引システムをクラウドに移行した背景について説明した。
同社は、2023年9月に「ゼロ革命」と題して、国内株式売買手数料の無料化を実施した。これを受けて、証券総合口座数は2019年6月末時点で471万だったところ、同年同月末時点で1,106万にまで増えた。
また、連日のように報道されているが、今年より新NISAが始まり、日本は投資ムードが高まっている。それを受けて、SBI証券の証券総合口座数も今年2月5日で1,200万口座を達成した。当然、取引額も増えており、国内株式の取引が1日当たり最大2兆円を超えているという。
助間氏はこうした状況の中、「今後、口座数、取引量のいずれも伸びることが想定され、この拡大にスピーディーに対応する必要がある。一方、既存のお客様の取引を維持し、快適な取引環境を提供することも重要。クラウドであればリードタイムなくインフラを用意でき、スピーディーに対応できる」と述べた。
「先を見据えたシステム投資が必要。新NISAのトレンドは想像を越えるところもあり、すべて見通せるわけじゃない。うれしいことだが ポジティブなサプライズもあることを前提に進めていく必要がある」(助間氏)
加えて、助間氏は冗長性の重要さにも言及した。「金融機関において、冗長構成をとるのは当たり前のこと。ビジネスのスピードに合わせて 冗長性も進化させる。強靭性、アジャイル、スピードという、ともすれば相反する環境を実現するためAWSをパートナーに選んだ」(助間氏)
クラウド移行で見込む社内のエンジニアリング力の強化
さらに、助間氏は、クラウドに期待する効果として、社内のエンジニアリング力の強化を挙げた。助間氏は、「当社は内製のエンジニアをかなりの規模で有しているが、今回のクラウド移行も内製のエンジニアチームが主導している」と語った。
助間氏が代表取締役社長を務める、戦略的システム子会社のSBIシンプレクス・ソリューションズにはエンジニアが約600名在籍している。「外部のベンダーに丸投げすることなく、内製のエンジニアを生かし、競争力の源泉として伸ばす。金融領域では、ITがビジネスに大きな価値を届ける。社内に知識の高いエンジニアを抱える、これが競争力の源泉になると考えている」と同氏。
AWSクラウドの活用が、内製のエンジニアリング力の強化につながり、それが同社の競争力向上に直結するという。
金融業界には安心と安全が求められることから、安定稼働しているシステムはなるべく動かさずに維持する傾向があり、「国内の金融業界には古いシステムが残ってしまっている」と助間氏は指摘した。
しかし、同社は海外との競争を乗り越えてナンバーワンになるには、新しいシステムを提供することで顧客に喜んでもらうことが必要と考えているが、そのためには新しいテクノロジーを使わなければならない。このことはジレンマとなるが、「しっかりやりきることが経営層として重要」と、助間氏は意気込みを述べた。
現在、エンジニアは売り手市場だが、テクノロジーの難易度が高い環境の提供がエンジニアにチャレンジの場を与えることになり、ひいては、顧客に価値を届けられると同社では考えている。
開発期間、テストに要する手間と期間を削減した2つのカギ
技術的な観点からは、SBI証券 執行役員 コーポレートIT部 兼 SBIシンプレクス・ソリューションズ アーキテクト推進部 執行役員 韓基炯氏が説明を行った。
国内株式オンライン取引システムAWS上のアーキテクチャは以下のようになっている。、AWSのアジアパシフィック(東京)リージョンで複数のアベイラビリティゾーン(AZ)を使用することで可用性を高めている。新システムは、1日当たり1億に及ぶアクセスと1日当たり約360万件の取引(発注)処理を実行する拡張性と柔軟性を備えている。
韓氏は、新システムの特徴として、「AWS Cloud Development Kit」(以下、AWS CDK)と「AWS Fault Injection Service」(以下、AWS FIS)を活用した点を挙げた。
AWS CDKを利用したメリット
AWS CDKは、、コードでクラウドインフラを定義し、AWS CloudFormationを通じてプロビジョニングするオープンソースソフトウェアの開発フレームワーク。ネットワーク構成やサーバー、データベースなどのインフラをコードとして扱うこと、いわゆる「IaC(Infrastructure as Code)」を実現する。
同社はAWS CDKを活用して、株取引やその他のミッションクリティカルなシステムをコードに変換して構築、これにより、クラウドインフラを手動で設定する場合に比べてAWSへの環境のデプロイ速度が上がり、オンプレミスと比較して半分以下の期間で移行を実現したほか、加えて、取引口座数や株取引需要の急増に対し、オンプレミスのインフラと比較して半分以下の期間でキャパシティを拡張できたという。
期間が半減した背景には、「物理環境がなくなったことで作業が減ったことがある」と韓氏は説明した。
韓氏はAWS CDKについて、「環境を構築するだけでなく、エージェント1に障害が発生したら、もう片方のエージェントに自動で切り替わり。数分以内で立ち上がる仕組みを支えている」と説明した。今後は、さらに早く切り替えられるようにする計画とのこと。
AWS FISを利用したメリット
同社はこれまで手作業でフォールト・インジェクションというテストを実施していたが、多くのリソースを要していた。しかし、AWS FISを活用することで、アベイラビリティゾーンにおける障害をシミュレートして、システムの予期せぬ停止にどのように対処するかなど、高可用性の設計を自動で検証することが可能になった。これにより、フォールト・インジェクションの実施に要する人的リソースと時間を削減したという。
韓氏は「AWS FISのおかげで、障害テストを気軽に何度も実施できた。その結果、エージェントの切り替えを工夫できた」と語っていた。
加えて、トラフィックの急増など大規模な負荷時をシミュレートする「AWS Distributed Load Testing」を利用して、顧客需要の急増に対応するインフラの拡張性についても自動検証を行っている。
今後は業務システムもクラウドに移行
SBI証券のクラウド移行の取り組みはこれで終わったわけではない。韓氏は、今後、予定している取り組みとして、以下を挙げた。
- コスト管理
- マルチリージョン
- クラウドネイティブアーキテクチャ
- とにかくリトライ
- システム間のレイテンシーのチューニング
コスト管理については、去年から既存のオンプレミスだけでなく AWSも対象にしているとのことで、「効率のいいシステムになるよう、工夫する必要がある」と韓氏は述べた。
現在、オンプレミスのシステムとAWSをつなぐダイレクトコネクトはマルチリージョンとしており、,国内株式オンライン取引システムのGenesisもマルチリージョンを検討しているという。
そして、韓氏は「クラウドネイティブアーキテクチャが一番重要と考えている」と話した。「AWSに移行した以上、その上で動くアプリもクラウドネイティブにして。レジリエンシーがあるアーキテクチャにしたい。まだ古いアーキテクチャのシステムも残っている」(韓氏)
ちなみに、まだ詳細は決まっていないが業務システムも2026年をめどにAWSへの移行を計画しているそうだ。助間氏は「オンプレミスの業務システムが多数あるので、クラウドにリフトしていく。ただ、フルクラウドにすべきか、また、フルクラウドになるのがいつかはわからない。最適化することがたくさんある」と語っていた。