キンドリルジャパンは4月19日、オンラインで「ITインフラと意識のモダナイズを同時に実現~約9万人企業の全社システム移行プロジェクト」と題した自社におけるITシステムの移行に関するメディア向けの勉強会を開催した。

1800超のアプリケーションを80%削減

米IBMでは2020年10月に同社からインフラ部門の独立と分社化を発表し、同11月に新会社が経営陣の招集と事業部門の設立を開始。2021年4月に新会社名として「Kyndryl」を発表し、同11月にはニューヨーク証券取引所に上場した。

ただ、IBMから独立する際の両者間の決め事として上場から2年以内にすべてのIBM環境から独立する必要があり、Kyndrylが既存のプラットフォーム、アプリケーションすべて終了するための期限が2023年11月と定められていた。

移行までの期間が非常にタイトかつ複雑なモダナイズを成功に導けた要因は、どのようなものなのだったのか?キンドリルジャパン 専務執行役員 プラクティス本部長 兼 インクルージョン、ダイバーシティ&エクイティ担当の松本紗代子氏と同ディレクター カスタマー・エンタープライズ・アーキテクトの河合琢磨氏が経営とアーキテクトの2つの側面から解説した。

松本氏は「モダナイズをどのように進めいくのか協議した際に、一旦IBMからテクノロジーやインフラは受け継いだが、当社の長期ビジョンでもある無駄がなく、モダン、変化に強くて安全な運用環境にはIBMの独自ニーズに合わせて40年以上開発され。カスタマイズされたレガシーシステムには残念ながら合わなかった。テクノロジーシステムをとっても、運用コストをとっても当社が構築しようとした最新の組織の姿とは乖離があった。そのため、CIO(Chief Information Officer)チームは意図的にIBMの環境から離れ、インフラを簡素化し、IT環境をモダナイズして受け継いだ各所のテクノロジーから離れることを選択した」と振り返る。

  • キンドリルジャパン 専務執行役員 プラクティス本部長 兼 インクルージョン、ダイバーシティ&エクイティ担当の松本紗代子氏

    キンドリルジャパン 専務執行役員 プラクティス本部長 兼 インクルージョン、ダイバーシティ&エクイティ担当の松本紗代子氏

最後の最後までバタバタした移行作業

こうした経緯もあり、2年間でKyndrylでは40年間かけて構築された1800以上のアプリケーションとインフラストラクチャで構成されるIBMシステムから完全に独立することを目指し、結果として1800から80%減となる360以下(現在は300以下)、人事・購買・請求発注関連アプリケーションは435から1つのWorkdayとSAPに集約。

また、データセンター拠点はオンプレミスで54拠点だったが、4つのハイパースケーラーに集約し、データ・ソリューションウェアハウスは68から1つのデータプラットフォームに集約した。これらにより、長期的に2~3億ドルの販売費と一般管理費の削減を見込んでいる。

  • Kyndrylの変革

    Kyndrylの変革

これらの成果を実現するために、上場前の2021年9月に事業開始とともにMicrosoftとのパートナーシップのもとMicrosoft 365の利用を開始し、2021年12月にCIOが変革戦略の計画と強化を開始し、2022年4月には社内イントラの立ち上げから既存のコラボレーションツールをMicrosoft 365への移行を開始。同11月には複数アプリケーションへのシングルIDでのログインを可能とし、2023年1月にはWorkdayの本格展開を開始した。

松本氏は「ビジネスの中断を最小限に抑えるために、最初からすべてのモジュールやツールを導入するのではなく、順々に追加の機能を導入すると同時にレガシーのテクノロジー廃止し、最終的にはすべてのアプリケーションとシステムも同様のプロセスを繰り返した」と話す。

WorkdayはIBM時代からコア機能や勤怠は使用していたが、給与、採用、研修などはバラバラのシステムを利用していたため1年間で4回に分けて機能拡張とレガシーシステムの廃止に取り組み、フルモジュールの導入を成功させたという。

また、財務や調達、見積、入金などの基幹システムにはSAPを採用し、2023年5月に25カ国で稼働を開始し、同8月には42カ国と2回に分けて実施し、同11月3日にすべてのシステムの移行が完了した。

同氏は「2023年5月にSAPのシステムが稼働したが、本来は同3月に稼働開始を予定していた。しかし、経営層による同1月~3月の間に進捗確認をしていたところ、サービスインができない状態となっており、最後の最後までバタバタし、困難なプロジェクトだった」と述べている。

ポイントになったEnterprise Architectureの役割

一方、アーキテクトについて河合氏は「2021年の上場後にすぐに変革の組織づくりを行い、キーとなる組織としてCIO直下に『Enterprise Architecture(EA、エンタープライズアーキテクチャ)』を置き、他の企業で同様の経験を持つ人材を外部から招聘した。EAと聞くと顔をしかめる人もいるが、当社のEAは一過性のものではない」と強調する。

  • キンドリルジャパン ディレクター カスタマー・エンタープライズ・アーキテクトの河合琢磨氏

    キンドリルジャパン ディレクター カスタマー・エンタープライズ・アーキテクトの河合琢磨氏

同氏によると、本質的にEAはITの全容を把握してビジネスと整合させ、変革するためのフレームワークと位置付けている。

顧客、自社のバリューチェーンがどのようにしてITに支えられているかを紐解き、そのためにビジネスアーキテクチャ、データアーキテクチャ、アプリケーションアーキテクチャ、テクノロジーアークテクチャそれぞれを可視化し、ビジネスのやり方に応じて最適配置やリソース配分などの形を変えていくことをデザインし、ロードマップを整備していくことがEAの役割とのことだ。

  • アーキテクト面ではEAが重要な役割を果たしたという

    アーキテクト面ではEAが重要な役割を果たしたという

河合氏はEAの役割として「CIOやCFO(Chierf Finacial Officer)、COO(Chief Operating Officer)とともに、製品を持たない人だけの会社がフラットでスピード感を持って意思決定できるITはどのようなものかを議論し、原理原則を策定した。また、1800の数字も当初から分かっていたわけではなく、資産を分析する中でオーナーシップを明確にしながら、1800を特定してどのように移行するかを1つ1つ検討し、アーキテクチャの変更に取り組んだ」と説明した。

変革に向けた原理原則として、同社は(1)データ中心、(2)プラットフォームファースト、(3)クラウドベース、(4)自動化主導、(5)ゼロトラストの5つを据えた。これにより、企業を可視化するデータレイクプラットフォームを構築し、戦略的ビジネスプラットフォームの展開、100%クラウドベースの運用への移行、自動化としてIaC(Infrastructure as a Code)の実装、ゼロトラストの原則を展開することとし、プラットフォームベースのアプローチとともに、アーキテクチャファーストの原則とした。

  • 変革に向けた5つの原理原則の概要

    変革に向けた5つの原理原則の概要

同氏は「データをもとにした意思決定や利益率の向上、効率的なオペレーション、自社の経験を活かした提案といった効果を目指した結果、5つの原理原則となった。(1)~(5)を順番通り進めた」と述べた。

データプラットフォームはMicrosoft Azure、PowerBI、マスタ管理にはSAP、ビジネスシステムプラットフォームはSAP、Workday、ワークプレイスプラットフォームはMicrosoft 365、クラウドはそれぞれのビジネスオーナーが選択し、DevSecOpsはクラウドネイティブを支えるCI/CDのパイプライン、オブザーバビリティのAPM(アプリケーションパフォーマンス管理)、データを中心とした運用高度化を行う自社サービス「Kyndryl Bridge」を採用した。

  • それぞれの原理原則に則ったプラットフォーム、ソリューション、製品

    それぞれの原理原則に則ったプラットフォーム、ソリューション、製品

困難なプロジェクトを乗り越える5つの観点

河合氏は「ITに対する要求事項はシンプル、標準、スピードが高いものだった。そのため、原理原則にもとづく意思決定、AWSの7Rによる移行判断と進捗の可視化、ベンダーとの戦略パートナーシップ、フェイルファスト&アジャイル、自動化と再利用の5つがポイントになる。変化、失敗に対する経営層のコミットメントは必須だ」と力を込める。

こうした、さまざま困難があったプロジェクトだが乗り越えるために松本氏は5つの観点から提言している。

1点目は経営層が共通の認識を持ち、部門を超えてコラボレーションすること、2点目は変革のための専門チームを組閣すること、3点目は変革を企業カルチャーの中に位置づけること、4点目はチェンジマネジメントに早くから着手すること、5点目は変革は必ずしも計画通りに進むわけではないと理解することだ。

  • プロジェクトを乗り越えるための5つのポイント

    プロジェクトを乗り越えるための5つのポイント

最後に、松本氏は「これで終わりではなく、採用した戦略的プラットフォームに改善を加え、お客さまとも変革を通じたデジタル経験を改善するような取り組みを進めていく。会社の立ち上げて変革することと、ITインフラの変革を同時に成し遂げるチャレンジングな取り組みを行った。そのため、社員全員で共有できる、明確なパーパスや行動指針、価値観が重要になり、当社は『The Kindryl Way』として定めている。失敗経験をお客さまに提案することが可能になり、学びを活かして価値を提供し、お客さまを支援する」と締めくくった。

  • 「The Kindryl Way」の概要

    「The Kindryl Way」の概要