東北大学は3月29日、サルを用いた動物実験から、サルの脳に足し算、引き算を実行する際に強く反応する細胞があることを発見し、足し算の細胞は右手の、引き算の細胞は左手の動きにも関係しており、ヒトも同様であることから、この仕組みはほ乳類が共通で持っているメカニズムである可能性があることが示唆されたと発表した。
同成果は、東北大大学院 医学系研究科 生体システム生理学分野の虫明 元教授、同・奥山澄人非常勤講師(将道会総合南東北病 院脳神経外科副部長兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
数の認識はヒトだけと思われるかもしれないが、動物界で広く発見されており、ヒト以外のほ乳類、鳥類、魚類に加え、最近ではハチなどの昆虫においてもその能力があることが確認されている。一方、簡単な足し算、引き算を反映した行動もサルやチンパンジー、オランウータンなど、ヒト以外の霊長類で確認されており、ヒトの計算と類似した特徴があることが明らかにされている。そうした事実から、足し算や引き算などの計算において言葉は不要であり、種を超えた計算を可能にする脳細胞の存在が、これまでの研究から推測されていた。
しかし、いまだにそれらの活動は脳細胞レベルでは発見されておらず、不明な点が多く残されていたとする。そこで研究チームは今回、数操作課題を訓練したサルが足し算、引き算を実行している瞬間の脳(運動前野)の神経活動を調べることにしたという。
数操作とは、モニター画面に最初に提示された白丸の数を記憶し、次に与えられた白丸の数を両手に持ったハンドルで増やしたり(足し算)、減らしたり(引き算)することで、最初の数に合わせるという内容の課題。たとえば、最初に提示された(目標)数が3、次に提示された数が1であれば、白丸を増やす操作(足し算)を2回行い、1→2→3として目標数の3に合わせると正解となる(目標数に正しく合わせると報酬のジュースをもらえる)。また、目標数が1で次に提示された数が3であれば、白丸を減らす操作(引き算)を2回行い、3→2→1として目標数の1に正しく合わせれば正解となり、サルは、74%の正解率でこの課題を行うことが確認されたとする。
そして、上述したような課題を行っている最中のサルにおいて、脳の神経細胞の活動が電気的に記録された。すると、足し算や引き算に強く反応する神経細胞が多数発見されたという。さらに検討が進められた結果、それらの細胞は、当初は演算を表現しているが、後に動作する際には左右の手の動きにも関連していることが判明。具体的には、足し算細胞は右手の動作に、引き算細胞は左手の動作に応答するよう、細胞の表現している情報が変化していることが解明された。このことは、計算を実施するのに特別な細胞があるのではなく、元々運動前野に存在した手の動作に関連した細胞群を再利用(リサイクル)して、計算を可能にしていることが示唆されるという。この結果から、指を使って数えたり、そろばんを使ったり、計算と運動の密接な関係性は脳機能から説明できるといえるとした。
ヒトは、脳内において、左側には小さい数字を、右側には大きい数字を数直線上に無意識に並べて考えることが発見されている。これは、「メンタルナンバーライン」という考え方で、計算でも足し算は右空間、引き算は左空間に関連づけられていることが確認されている(脳梗塞で左空間無視が認められた患者では、引き算の成績が落ちることがわかっている)。
メンタルナンバーラインは最近、足し算、引き算にも存在することが明らかにされており、足し算は右空間、引き算は左空間と関連している。普段の生活の中でも同様の対応が存在しており、たとえばダイヤル式の音声ボリュームのつまみは、右に回すと音量が大きくなり、左に回すと小さくなる。そのほかにも、クルマのスピードを上げる時は右側の(アクセル)ペダルを踏む、部屋の灯りをつける時はスイッチの右側を押すというように、数量を加える時には右側、減らす時には左側という関係が随所に見られる。
今回の研究により霊長類の脳から同様の表現が得られたことから、メンタルナンバーラインは人間の文化や教育によるものではなく、霊長類のレベルで脳に備わっている可能性が示唆されるという。今回の成果は今後、脳機能に基づいた数学教育など、教育分野に応用できる可能性があり、さらなる発展が期待されるとしている。