あらゆる業界が人手不足に喘いでいる昨今。コロナ禍を経てインバウンド需要で活況を呈するホテル業界も人材について大きな課題を抱えている。帝国データバンクが2023年1月に行った「人手不足に対する企業の動向調査」によると、ホテルをはじめとする宿泊業では約8割の企業が正社員の人手不足を感じている。約5割が人手不足を感じている他業種に大きく差をつけた結果となり、その問題は深刻であることが分かる。
そんな中、テクノロジーとオペレーション(現場の実務)の組み合わせで、ホテル客室清掃領域の生産性・労働環境を向上させ、ひいては日本の清掃サービスの発展・清掃業従事者の地位向上を目指して事業を行うスタートアップがある。
自社で開発したホテル客室清掃管理SaaS(Software as a Service)「Jtas」と清掃オペレーションを提供するEdeyans(イーデヤンス)だ。ホテル客室清掃サービスを提供する会社は数あれど、Edeyansの唯一無二性は、SaaSと清掃というカルチャーのまったく異なる事業を1つの会社で展開するところだろう。
コロナ禍の厳しい時期を抜けて、市場環境が好転したことから受注が拡大し、2022年5月期から2023年5月期にかけては約200%の売上高成長を実現しているEdeyans。
2024年1月にはWMパートナーズにオリエンタルランド・イノベーションズ、みずほ銀行、日本政策金融公庫から4.3億円の資金調達(シリーズA)を行うなど、投資家から熱視線が注がれる企業である。
「ホテルの新たなインフラをともに創る」ことをミッションに掲げ、業界の人手不足という困難な課題と向き合うEdeyans 代表取締役 片山裕之さんに同社の歩みや現在、未来を尋ねた。
ピボットを重ねてホテル客室清掃領域へ辿り着いた
2018年6月、民泊向け清掃事業で創業したEdeyans。大学時代に10カ月、ベトナムでインターンをしたとき、日本の清掃レベルの高さに大きな可能性を感じたことが起業のきっかけとなった。
当時は外国人旅行客のインバウンド・民泊ブームの真っ只中。好調なスタートを切り、事業も順調に伸びていたが、2020年のコロナショックで民泊需要が激減し、売上が9割減となった月もあった。
事業を存続させるため、早急に方針転換を行い、2020年秋には除菌清掃サービスを開始。スピード感のある判断と行動により、誰1人リストラすることなく、メンバー全員で難局を乗り越えることができた。
除菌清掃サービスも引き合いは多かったが、好景気がいつまで続くかは不透明だった。そこで片山さんはアフターコロナを見据え、ホテル向け清掃サービスへのピボットへと動く。
2021年4月には大手ホテルから受注し、本格的にホテル客室清掃に乗り出し、創業地の大阪から東京へ進出。そこから商圏を全国に拡大していく。
「観光は日本の国家戦略です。今や国内のホテルは100万室にも及ぶ巨大マーケットになっていて、現在もホテル数、客室数ともに増え続けています。それと同時に客室清掃の需要も伸びています。
一方で、ホテル客室清掃はロボットではやりきれず、今も人の手が必要です。マクロトレンドで見ると、私たちの事業は確実に必要とされ続ける自信があります」(片山さん、以下同)
人材不足に悩む業界の働きやすさ向上、勤続年数増に貢献
その後、民泊清掃サービスを展開していたころに着手していた清掃のシステム管理から着想を得て、ホテル客室清掃管理SaaSとしてJtasの開発をスタート。
2022年にはJtasと清掃オペレーションとを組み合わせた総合的なホテル客室清掃サービスの提供を開始した。
現場で清掃オペレーションを担うメンバーは、Jtasに蓄積された清掃データを活用して清掃を行うことで、ホテル客室清掃の生産性と品質を上げる役割を果たす。
Edeyansがホテル客室清掃×SaaSに目をつけた背景は、旧態依然としたホテル客室清掃の仕組みにあった。そのやり方は30~40年近く変わっていないといっても過言ではない。
一般的に、ホテル客室清掃の8~9割はアウトソーシングされ、ホテルの夜勤スタッフが清掃会社から派遣されてくるスタッフへの指示書を作成するのに、毎日数時間かかる現状がある。清掃会社のスタッフも自身が担当した清掃に関わるレポートを紙で残す必要がある。
デジタル時代にアナログで非効率な要素が多分に残ったホテル清掃を請け負ってみて、ホテル客室清掃の課題を解決できるSaaS×清掃オペレーションのビジネスモデルは高いニーズがあると片山さんは確信した。
「Jtasを使うとホテル側は清掃指示書作成に要していた2~3時間を5分程度に短縮できます。清掃会社側も指示書の確認やレポート作成などが効率化できます。ホテル側からは『コミュニケーションエラーがなくなった』『出勤時間を数時間遅くできるようになった』『夜勤スタッフが休憩時間を取れるようになった』、清掃会社側からは『マネジメントコストを減らせた』などの声が寄せられています。Jtasは業務効率を高めて運営コストを下げると共に現場を楽にするシステムです。ホテル客室清掃に従事する方々の労働環境を良くしていくことで、働きやすさの向上、それによる勤続年数増などに貢献できていると実感しています」
清掃担当者の待遇改善を目指すのは、業界全体をより良くしていきたいから
事業は順調に成長している一方で、課題もある。資金調達の成功を含め、業界内外で知られる存在となりながらも、業界におけるJtasの普及・浸透はまだ道半ばであると片山さんは語る。
というのも、これまでホテル業界の主な投資対象はマーケティングだったからだ。ホテルを認知してもらい、集客するために必要な投資であることは間違いない。
一方で、清掃は投資対象として考えられてこなかった。「売り上げに直結しない要素」と考えられ、どちらかというと「できるだけコストを下げたい要素」だったからだ。
しかし、ホテルにとっては客室こそが「商品」である。魅力的な商品を提供するには、その商品を愛し、より良いものを提供したいと情熱を持つ人材が欠かせないが、ホテル業界では人材が足りていない。
観光業が完全復活した今、そして将来的に、人材不足が理由で商品を提供できない(空室があっても予約を受けられない)ホテルも出てくる可能性がある。それは日々の売り上げが減るだけではなく、積み重なると経営を傾かせることにもなる。
あるいは、良いとはいえない商品(清掃品質の低い客室)を提供すると、リピートにつながりにくく、ホテルの評価を落とすことにもつながるだろう。長い目で見ると、客室という商品には一定のコストをかけて、より高品質な状態で提供する必要があり、客室清掃の重要性に気づき始めたホテルも徐々に出てきているという。
Edeyansはそこに目を付け、対症療法ではない本質的なアプローチを仕掛けている。二人三脚で客室清掃を行うホテル・清掃会社ともにクリーナー(Edeyans独自の客室清掃スタッフの呼称)の賃金アップの実現を目指しているのだ。
「JtasのようなDX(デジタルトランスフォーメーション)ソフトウェアを活用して生産性を上げることはできますが、それだけでは不十分です。自社で客室清掃オペレーションまで展開してデジタル化を進めて生産性を上げ、労働環境の向上にも取り組んでいきます。そうすることで客室清掃業務の価値を高め、業界全体の賃金増を実現し、人材不足を解消していきます」
自社が業界全体のデジタル投資を先行する第一人者となり、2025年5月までに100人のクリーナーを100人、正社員として採用すること、正社員クリーナーたち年収1,000万円を目指すことも夢ではない会社にしていくことも目標として掲げている。
「ホテル業界の人手不足という大きな課題をテクノロジーとオペレーションで解決し、観光立国日本を支える」。強い信念を持って突き進んでいくEdeyansが、日本が誇る清掃サービスを世界に持っていく日はそう遠くないかもしれない。