生成AIが生産性の改善などのメリットをもたらすことは周知の通りと言っても良い。現時点で使っていないとしても、将来的に生成AIが業務に入ることは間違いない。
2月7日~9日にオンラインで開催された「TECH+フォーラム 2024 Feb. AI Frontline」では、THE GUILD代表取締役の深津貴之氏と、ELYZA 取締役CMOで三井住友カード Head of AI Innovationの野口竜司氏が登壇。「教えて深津先生・野口先生! 生成AIを業務で使うにはどうしたら良いですか?」と題して、生成AIの第一人者とも言える両名の対談が行われた。
同講演は「生成AIを業務でうまく使うコツ」、「必要とされるリスキリング」、「押さえるべきプロンプトテクニック」について議論が進み、実際の事例や両者が駆使するプロンプトなどから、視聴者に対して多数のヒントが与えられる場となった。本稿ではその講演の様子をレポートする。
生成AIを業務で使うコツとは? つくったけれど使われない問題にも注意
対談は、生成AIを業務でうまく使うコツからスタートした。
深津氏はまず、「生成AIが得意なこと、不得意なことは何かを理解して定義し、それを中心にオペレーションを再構築することがポイント」だとアドバイスする。
例えば、生成AIは小説を書く、オリジナリティのあるスピーチを作成するといったことにはあまり向いていない。一方で、連続的に働くことができる特性を生かしたものには向いているのだ。
そのため、その特性を生かした業務を中心にオペレーションを再構築するというのが深津氏の考えだ。これは、自分たちのオペレーションに生成AIを入れるというのとは逆の発想と言える。深津氏は合わせて、「(生成AIが)間違えることを前提とした業務設計をしておくことも大切」だと付け加えた。
野口氏は、自身が整理している「生成AIの組織内活用6ステップ」を紹介した。
1.人材育成
2.社内モメンタムづくり
3.人単位でケースを見つける
4.チーム単位でケースを見つける
5.AIで解く
6.定着させて役立てる
まず人材の育成や組織づくりから鍛えていくのが特徴的で、野口氏は「組織を動かせる人がAIに“開眼”して、本気で向き合えるかが後続のステップのカギになる」と話す。
深津氏もこの流れに同意しながら、3つ目から4つ目へと進める部分のコツについて、「財務インパクトが大きなエリアはどこかを早期に解明しておくこと」だと述べた。財務インパクトが大きなエリアに生成AIを用いて組織や業務の課題を解決することができれば、社内における生成AIの重要性についての認識が一気に広まるという。
深津氏はここで「つくったけど使わない問題」に警笛を鳴らした。
こうした事態を招かないおすすめの方法は「組み込み」だと言う。例えば、出社してタイムカードを押すと、それがトリガーになって生成AIが動く。このような仕組みであれば、生成AIを使わない問題は発生しない。
「『現場が努力して生成AIを使う』ことを前提に進んでいくと、(使われないという)残念な状況を生んでしまうことが多いですね。サービスやUIの開発において、コンセプトは性善説に基づいても良いものの、実装においては性悪説に依るべきです」(深津氏)
普遍的な能力である「構造化」「言語化」「キャッチボール能力」を養う
生成AI時代に必要とされるリスキリングについて、野口氏は「GPT時代のAIを操る7つのチカラ」として下記のポイントを挙げた。
1.AI活用マインド
2.AIキホン理解力
3.AI仕組み理解力
4.AI事例収集力
5.AI企画力
6.AIプロンプト力
7.AIマネジメント力
野口氏は、これをスキルマップに落とし込み、それぞれに5段階のレベルを設けることで、必要なスキルを具体的に定義できるという。
「マインドからマネジメント力までを身に着ければ、生成AIを使う側に切り替わることができるのではないでしょうか。生成AIに仕事を取られる不安を減らしながら、AI時代に楽しく仕事ができるようになると思います」(野口氏)
深津氏は、AIに限定せず、AIを含むデジタル全般のリスキリングが必要だと話したうえで「(物事の)構造化、言語化、キャッチボール能力を身に着けてほしい」と語った。
「AIそのものの知識も重要ではありますが、結局DX全体のスパンを考えると賞味期限がまだ読めません。人間の言葉で機械に指示が出せるようになった場合に、人間と機械の持ち場を振り分けられる能力の方が将来的に活きてくるでしょう」(深津氏)
加えて野口氏は「AIなど新しい技術が登場したとしても、人間がしっかりと強みを持っておくべき」だと続けた。
2割のスキルを上げることで、組織全体を底上げ
深津氏は「全員がAIをフル活用できるようになることは期待していなくて、2割の人が使いこなせれば良い」と語る。本来は全員がAIを使えることが理想ではあるものの、少数のエキスパートがAIを駆使することで、組織全体にAIを駆使した生成物を還元していくという考えだ。
「生成AIを活用している横須賀市では、すごいマクロを作成できる人が、生成AIを使ってマクロを量産し、組織全体に配っていました。すると、全員が生成AIを使わなくても組織のパフォーマンスが上がったそうです。同じような考え方で、オペレーションのガイドラインや業務のチェックリストを作成する人が”GPTマスター”になると、その組織の業務オペレーションのマニュアル全体のレベルが上がるはずです」(深津氏)
これに対し、野口氏は「とりあえず全社で生成AIの環境を配布していくのも良い手段ではあるものの、局地的に生成AIを導入して全体に波及させていくことが大事」だと、深津氏の意見に共感した。
さらに野口氏は、「業務全体における成果量を最大化するためには、リスキリング対象についてもきっちり戦略的に絞り、その人をスペシャリストに変えることを全体の戦略ストーリーに入れておくと良い」とまとめた。
深津氏の“必殺プロンプト”に野口氏も舌を巻く「これはすごいなあ」
最後に深津氏と野口氏は、プロンプトについて具体的なテクニックを紹介した。
深津氏はまず、企画を立てる際の入力例を示した。ポイントは「企画を考えてください」と書くのではなく、「あなたはキャンペーン企画をアシストするAIです」とはじめ、「ユーザーの質問が曖昧だったり、情報が足りなかったりする場合はAIの方から積極的に質問してください」とした後に、「新しい飲料水の企画」と入力することだ。
するとAIが「この飲料水はどのようなターゲット層を想定していますか」などの質問を返す。これに対して「子供向け、牛乳が飲めない子が飲めるようになるための、飲みやすい乳製品」と入力すると、さらに回答が進む。
生成AIが、コンセプトの詳細化、パッケージデザイン、マーケティング戦略など項目別に詳細なリストを作成した後、深津氏は、「一流のコンサルタントがこの企画を評価する場合、どのように評価しますか。彼・彼女ならばもっと良くするためにどのような点に着目するでしょうか」という問いを入力した。
これに対しAIは、市場分析とポジショニング、財務的側面、マーケティング戦略など、予想される一流コンサルタントの視点と改善のためのアドバイスを出した。
最後の質問は、人間と生成AIの立場を入れ替えるものだ。深津氏は「生成AIがプロンプトを考え、人間である私がその指示を実行します。私が実行することで生成AIが本来できないタスクやリサーチ、情報へのアクセスが可能になるという前提で、この企画をより良くするためにChatGPTは人間に対してどのようなオペレーションをリクエストしますか?」と指示を送った。
そうすると、ユーザーへのヒアリングやオフラインでの接点など、人間でしか実証できないことを生成AIが回答してくる。この様子を見ていた野口氏は「これはすごい。深津さんは生成AIの存在がくっきり見えている」と驚嘆した。
一方、野口氏は「抜け漏れなく生成AIに指示を送る」前提の下、”7つのR”をプロンプトに込めているという。
・Request(依頼)を出す
・Role(役割)を決める
・Regulation(形式)を指定する
・Rule(ルール)を定める
・Review&Refine(評価・改善)を求める
・Reference(参照知識・例)を与える
・Run Scenario(実行シナリオ)で制御する
具体的には、役割として「あなたは情報を探してレポートするプロです」、依頼では「〇〇を実行してください」、形式では「●●の形式で出力してください」といったかたちである。
最後に深津氏は「まず生成AIを触ってみよう」と食わず嫌いにならず、自分で扱ってみることを勧めた。また、野口氏は前述の「局地的なAI導入から全社へ波及させる」ことについて、その重要性を再度強調した。
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生成AIを使ってみたうえで適材適所に生成AIスキルを伸ばしていくことが、今後の至上命題になるかもしれない。ぜひ両名のアドバイスを参考に、チャレンジしていただきたい。