DX推進の一環として、2018年から広島県が取り組む「ひろしまサンドボックス」。県全体を実証フィールドとして使ってもらい、イノベーションを起こそうという取り組みである。その中で2023年に開始したDX推進サービス「The Meet」は、広島にある23市町から募った課題に対して県内外のスタートアップが解決策を提案し、サンドボックスで実証実験を行うというもの。いわば市町とスタートアップの“マッチングサービス”だ。
今回編集部では、ひろしまサンドボックスおよびThe Meetの担当である広島県 商工労働局 イノベーション推進チーム 地域産業デジタル化推進グループ 主任 片岡達也氏と、The Meetに課題を提出した広島市消防局 予防部予防課 主査 山根武氏、消防局の課題を解決する仕組みを提案したスペースリー社 営業マーケティング本部 大広亜海氏にお話を伺う機会を得た。果たして市町とスタートアップのマッチングはうまくいっているのか。取り組みの詳細に迫る。
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広島県内の市町が提出した課題をスタートアップ企業が解決
ひろしまサンドボックスの取り組みの進化系として生まれたTHE Meetでは2023年4月、県内にある23市町を対象に、地域や行政における課題を募った。約2カ月の応募期間を経て、15市町から34件の課題が提出され、それがThe Meetのホームページに掲載された。これらの課題を見て手を挙げたスタートアップ企業から提案された解決策は304件に上ったと片岡氏は話す。その中から最終的に採択されたのは26件だ。片岡氏はThe Meetの最大の特徴は、「予算措置に時間がかかる市町のため、当面は広島県が予算を出すところにある」と言う。活動支援金は1件につき100万円、1社あたり上限200万円までと決められており、県から直接スタートアップ企業側に支払われる。
防火管理講習の実技をどうオンライン化するのか
The Meetに課題を提出した市町の1つが広島市だ。広島市では3件の課題を提出したが、そのうちの1つが広島市消防局から出た「防火管理講習をオンライン化したい」という課題である。山根氏によると、防火管理講習は法律で定められている講習であり、消防庁から防火・防災に関する講習のオンライン化について検討するよう通知されているという。これを受け、消防局でも講習のオンライン化を検討していたところだったそうだ。
現在、防火管理講習は、広島市内にある防災センターで年に20回開催されている。定員は1回80名、2日間にわたり、座学と消火器の噴射など防火管理に必要な実技で構成されている。広島市消防局の場合、年間の受講者数は約1000名に上る。
「講習のオンライン化は、座学の部分はe-ラーニングのようなかたちで事前学習してもらい、実技は防災センターで受けていただくかたちを想定していました」(山根氏)
そのため、The Meetには「LMS(学習管理システム)などのシステム導入」「オンライン講習で必要な教材の作成」「オンライン講習の不正受講防止」を取り組みたい課題として掲載した。そこにもう1つ加えられたテーマが「実技の消火器使用訓練をVRで実施」である。山根氏は「もしも防火管理講習を完全オンライン化するとしたら、実技はどのようにしたらオンライン化できるのだろうか」とその狙いを話す。
クオリティにこだわるコンテンツ制作
この課題に対し、手を挙げたのは7社である。そのうちの1社であるスペースリー社は、360度VRコンテンツを制作する空間データ活用プラットフォーム「スペースリー」を提供する企業だ。そのコンセプトは「初めての方でも簡単につくれるVR」。月額5万円から利用できるため、「コストパフォーマンスが高い点も支持されやすい」と大広氏は説明する。すでに不動産の内見システムや自治体の空き家内覧システムなどに採用されているほか、企業研修などにも活用されているという。
広島市消防局が特に評価したのが、スペースリー社が大手企業の避難訓練のコンテンツ制作実績を持っていたことである。これが「まさにうちが考えているものだった」(山根氏)ことから、同社の採択に至った。
現在、広島市消防局とスペースリー社は防火管理講習の実技に限らず、防災センターで体験できる研修の4つの項目のVRコンテンツを制作している真っただ中である。両者がこだわっているのが「火を実際に消すという動作をどこまでVRで質を落とさず体験できるのか」という点だ。ただコンテンツを視聴するだけだと、ともすると集中力が続かなかったり、実際に実技を行う場合に比べ、自分ごと化しづらかったりという懸念がある。しかし、現在制作中のコンテンツは視聴者が自分でボタンを操作し、ストーリーを進めていくかたちになっており、没入感たっぷりの展開だ。実際、筆者はてんぷら油火災の対処法を学ぶVRコンテンツを視聴させていただいたが、その臨場感に驚いた。大広氏によると、スペースリー社の調査では、技術研修をVRコンテンツ形式にすることで、資格取得試験の合格率が上がったという例もあるそうだ。
市町の課題“予算”を解決するための県庁による支援
防火管理講習のオンライン化についての予算は現段階では確保されておらず、早くとも2025年度以降の予算措置での扱いになると山根氏は話す。
「県が費用を負担してくれるThe Meetのおかげで、実技のオンライン化を実証実験でき、VRのさまざまな可能性にも気付かされました」(山根氏)
片岡氏も「市町では(The Meetの活動支援金である)100万はなかなか出せない。月額5万から始められるスペースリーさんのプラットフォームは、使いやすいソリューションだと感じている」と続けた。
実績をつくり、さらなるVRコンテンツ化を
山根氏は今後の展開について、VRコンテンツを防災センターの利用促進にも広げていきたいと語る。防災センターで体験ができる研修のコンテンツが完成したら、イベントなどで体験してもらうといったアイデアがある。片岡氏からは「消防車の内部を見てみたい」というリクエストもあった。山根氏はまずは2024年度に実施する消防局イベントで市民にVRコンテンツを体験してもらい、アンケートの実施等により効果を検証し、予算措置に臨みたいと意気込みを語った。