多くの地方自治体がDX推進に力を入れている。そこにある課題は少子高齢化による人口減少や、地域産業の衰退などさまざまだ。広島県では湯﨑英彦知事の旗振りの下、2018年に「イノベーション立県」というコンセプトを掲げ、その翌年には県庁内にデジタルトランスフォーメーション推進本部を設立、県庁および県内企業のDXを進めているという。
では具体的にどのような施策が行われているのだろうか。今回は、広島県 商工労働局 イノベーション推進チーム 地域産業デジタル化推進グループ 主任 片岡達也氏、広島県 総務局 DX推進チーム 主任 和宗夏生氏、広島県 総務局 DX推進チーム 主事 造田稜也氏にお話を伺った。
3年間で最大10億、トップダウンで始まった実証実験の“砂場”
広島県では2018年、イノベーション立県の名の下に、広島県全体を実証フィールド化する「ひろしまサンドボックス」という取り組みを開始した。その背景にあったのは「広島県はマツダを中心としたものづくりが強い場所であり、自動車が終わったら、広島県も終わってしまうのではないか。イノベーションを起こして、新たな産業を起こさなければいけないのではないかという危機感だった」と片岡氏は説明する。議論は「イノベーションとは何か」というそもそものところから始まり、最終的に生まれたのが、ひろしまサンドボックスというわけだ。
県内の市町や企業は多様な課題を抱えており、AIやIoTといったデジタル技術を導入していく必要性は感じている。しかし、個人や企業単位では大規模な取り組みはしづらい上に、費用対効果の分からないものに大きな予算を割く余裕もない。そこで、広島県が事業失敗のリスクを請け負い、砂場のように何度もデジタル活用の試行錯誤ができる場を設けたのだ。驚くべきことにこの事業は開始時、3年間で最大10億円投資するという予算措置が採られた。
「何が起こるか、何ができるか分からないものであり、失敗しても良いという湯﨑知事の考えの下、トップダウンで決定しました。これは全国的に見てもかなり先進的な取り組みで、ほぼ全ての都道府県から視察が来たほどでした」(片岡氏)
こうして始まった自由公募型のオリジナルサンドボックスに続き、2019年には行政提案型サンドボックス、2020年にはニューノーマルをテーマに、スタートアップ企業を集めたD-EGGS PROJECTを開始。さらに、スタートアップ支援施策や規制緩和に向けた個別支援、実装支援といったメニューを追加しながら、ひろしまサンドボックスは規模を拡大している。D-EGGS PROJECT では、391件の応募から30件を採択、5億3000万の予算をかけて、実証実験の支援を行った。これらの取り組みから遠隔医療の支援など、さまざまなサービスやソリューションが生まれ、「一部のサービスやソリューションは地域への定着につながった」と片岡氏はその成果を振り返る。
一方で、個社に対する支援や採用では大きなインパクトを出しづらいという課題が上がったことから、2022年には県や市町、公共機関での実証実験を本格化。2023年からは、市町にコミットした事業を対象とするDX推進サービス「The Meet」を始めている。
The Meetは市町がそれぞれ持っている課題を提出し、デジタルによる課題解決案をスタートアップ企業が提案するためのマッチングサービスだ。採択されれば、1社あたり200万円ずつ、案件ごとに100万円ずつがスタートアップ企業側に費用が支給されるという特長がある。こうしたかたちにした意図について片岡氏は、市町に支給して企業に支払うスタイルにしてしまうと処理に時間がかかったり、DX予算として使われるかが不明だったりするという懸念を述べた上で、「市町の事務作業をほぼ不要にするため」だと明かした。
結果として、公募開始から約1カ月でスタートアップ企業から約300件の応募があり、最終的にVRによる空き家内覧システムや、AIによるFAQ作成の省力化、GPSデータを用いた橋梁移動量の推定とAIによる迂回経路の推定といった多様な取り組み26件が採択されている。
「こうしたThe Meetのユニークな取り組みを、来年度事業継続にどうつなげていくかが我々のKPIになっています」(片岡氏)
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順調にDXが進められているように見える反面、和宗氏は「サンドボックスに取り組んでいる企業はDX着手済層であり、DXの必要性を感じ、取り組めている。だが、必要性を感じているものの取り組めていないところも多い」と話す。
全ての施策に横串を通す“DX推進”
では、広島県内におけるDX推進はどのような取り組みがなされてきたのか。広島県では目指すDXの姿として「デジタル技術を活用して、県民生活に関わるあらゆる分野(仕事、暮らし、地域社会、行政)において、ビジネスモデル、オペレーション、組織文化などの在り方に変革を起こすことによって、新たな価値を生み出し,県民の暮らしを豊かにすること」という定義を示している。その実現のため、2019年に全庁横断的組織としてデジタルトランスフォーメーション推進本部を設立し、翌年には県内のさまざまなプレーヤーを巻き込んで、全県的なDX推進をするため、「広島県DX推進コミュニティ」も立ち上げられた。
当時について和宗氏は「DXという言葉が出始めてから比較的早い段階で組織をつくったものの、『DXとは何か』の共通認識を醸成するのは難しかった」 と振り返る。そこで県全体でDXを進めるための取り組みとして行われたのが、2021年に始まった、県内の全従業員を対象とした「みんなのDX研修」だ。同研修では、「DXとは何か」といったことから、今年度であれば生成AIのデモンストレーションまで、DXに取り組むための基礎的な内容をレクチャーする。和宗氏によると、2021年度からの3年間で約3500名が受講したという。
“思ったほど広まっていなかった”DXを加速するために
これだけ幅広いDX推進支援を行ってきたのだから、県内企業にDXはかなり浸透したはず――造田氏らはそう考えたが、現実は違った。2022年に県が県内の企業・団体5000件を無作為に抽出して行った「DXに関する実態調査」では、県内でデジタル技術を活用した事業変革に取り組んでいる企業の割合は28.3%であり、事業者の約5割が、「DXへの取り組みの必要性は感じているが、まだ取り組めていない」状況であることが判明したのだ。
DXの取り組みを進めるにあたっての課題としては、「デジタル技術の活用に関する目標が明確でない」が47.0%、その他にも「情報システムの構築・改修の費用負担が大きい」「デジタル技術の活用に必要な人材の確保ができていない」といった項目の割合が高いことも分かった。
そこで2023年、広島県が新たに策定したのが「広島県DX加速プラン」だ。同プランでは、より多くの県内企業がDXを自分事として捉え、それぞれの目的の実現に向けて、DXに着手し試行錯誤している状態を目指す姿として掲げ、「デジタル投資の促進」や「人材の確保育成の促進」などに重点が置かれている。具体的な取り組みとしては、県内企業のDXの“第一歩”を踏み出す提供する「DX実践道場」が挙げられる。これは、半年間、各種勉強会や伴走支援を通じて、自社の課題整理から取組の実践に至るまでを一気通貫で後押しするプログラムだ。
「DXに未着手の状態から、ペーパーレス化やノーコードツールの活用など、特にデジタイゼーションの実践を後押しする取り組みです。この道場からモデルケースを創出し、横展開をしていきたいと考えています」(造田氏)
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さらに、経営者向けセミナーやDX事例を学ぶ事例研究会の開催、取り組み事例集の公開、自社のDXの課題や現況を知ることができる簡易診断ツールの展開なども行っている。
一方で、このような取り組みだけでは、広島県内に約12万あるという事業所全てを支援することは不可能だ。また、広島県の財源にも限りがある。そこで間接支援というかたちで、金融機関や商工会議所、商工会といった日頃から県内企業を支援している地域の支援機関にDX推進のサポートをしてもらうべく、支援機関の機能強化にも力を入れている。地方では、このような支援機関が最も県内事業者に近い存在であるケースが多いからだ。支援機関にはお金の相談だけでなく、「人手不足で困っている」「業務効率が悪いが、何か方法はないか」といったデジタルで解決できる相談も多く寄せられる。だが、支援機関側がデジタルに疎い状況では適切な解決策を提案できない。こうした状況を打破するため、県では支援機関向けの研修などを開催し、支援者一人ひとりのデジタルリテラシー・スキル向上に取り組んでいるという。
「県内企業に向けたDXの機運醸成のためのセミナーなどを開催していますが、結果として広がりはまだまだ足りていません。その場ではやる気を持って帰っていただくものの、その後DX推進に向けて動いたかというとそうではない人・企業が多いと考えています。そこを後押しする、ゴールに向けて継続的な伴走支援ができる身近な人材が必要であり、その役割を担えるのが、日頃から密に企業の支援を行っている地域の支援機関であると考えているのです」(造田氏)
もちろん、支援機関がITの専門家にならなければいけないということではない。支援機関に求められるのは、何かを相談された時、“出口”を用意できることなのだ。現状では、県内企業の課題を聞いてもデジタル技術を活用したソリューションの提案や専門家へのトスアップなど、“出口”を紹介できる人の母数は決して多くない。造田氏は「支援機関の人材強化により、企業から相談された課題に対して適切な解決への糸口を提供できるようなデジタルリテラシー・スキルを持つ支援者を増やしていきたい」と意気込んだ。
さらなる加速で、全県DX推進を目指す
では、2024年度はどのような取り組みへと広げていくのか。大きく2つあるうちの1つが、支援機関とITベンダーが連携した支援環境づくりである。前述のように、現在は支援機関が把握した県内企業の課題をトスアップする先がわからず、適切な支援ができていない状況がある。そこで、県内企業の課題とITベンダーなどが持つ解決策とのマッチングができる環境を整備し、解決に向けたシームレスな流れをつくりたいという。そのためにはもちろん、より多くの支援機関・支援者のデジタルリテラシー・スキルの向上も欠かせない。
もう1つは、人材育成に対するアプローチだ。具体的な内容は検討中だが、各企業において、DXを推進できる中核人材を育てていくようなプロジェクトの立ち上げを模索している。
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広島県では、早い段階から専任組織を立ち上げ、多方面からのアプローチで県内企業のDX推進支援を強化し続けている。県を挙げた取り組みは、他の地方自治体にとっても大いに参考になるはずだ。今後、広島県から新たなイノベーション、スタートアップが次々と生まれることにも大いに期待したい。