東京理科大学(理科大)は3月11日、セルロースナノファイバー(CNF)と酸化亜鉛(ZnO)ナノ粒子から構成される、使い捨て可能で柔軟な紙ベースの「人工光電子シナプスデバイス」を設計・創製したことを発表した。

同成果は、理科大 先進工学部 電子システム工学科の小松裕明大学院生、同・生野孝准教授らの研究チームによるもの。詳細は、材料科学や電子および磁性材料の工学などを扱う学術誌「Advanced Electronic Materials」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:理科大Webサイト)

現在の市販ウェアラブルデバイスは、生体適合性や装着時の違和感、装着者の動作への追従、簡単かつ迅速な給電システムの開発などの課題を抱えているほか、こうしたデバイスの多くは収集したデータをクラウドに集約してAI処理を行うため、大規模なデータ伝送が必要なことも実用化の大きな障壁とされている。そのため、センシングとAIによるデータ処理もエッジ領域で行えるデバイスが求められていた。

「物理リザバーコンピューティング」(PRC)は、物理系のダイナミクスを巨大なリカレントニューラルネットワーク(RNN)に見立てて演算を行うことから、最小限の消費電力でセンシングとAI処理をシームレスに融合できるとして期待される。RNNはニューラルネットワークの一種で、大きな特徴としては過去の入力信号がそれ以降の出力に影響を与える点が挙げられる。RNNの利用で効率的な学習ができる一方で高い計算コストが発生するが、PRCは実際の物理系のダイナミクスをRNNと見立てるため、CPUでの演算が不要であり、低消費電力で時系列信号をリアルタイムで高速処理することが可能だ。

PRCの応答時間は、使用する物理系によって異なる。通常の光センサや撮像素子に高速動作が求められる一方、人間の目や脳の機能を模倣したシステムを実現するには、生体のシナプスのような緩慢な動作が必要。たとえば、生体信号のモニタリングに特化したPRCを実現するためには、0.1~1.8Hzの生体信号に対応するサブ秒の応答時間を示すデバイスを開発する必要がある。そこで研究チームは今回、これまでの研究から極めてゆっくり電子が動くことがわかっていた酸化物半導体微粒子アレイを、シナプスを人工的に模倣したシナプスデバイス(ニューロンとニューロンを接合する部位)として利用し、物理リザバコンピューティングに適用することにしたという。

また、デバイスへの入力信号は生体に負担を与えないことが必須であり、現実的には光を入力信号として扱える必要がある。さらに、快適性・追従性などの観点から、人間の皮膚に確実に接着できるように柔軟であること、衛生上の観点から頻繁に交換する必要があるため、作成が簡単で使い捨て可能であることが求められた。そこで今回の研究では、それらの条件をすべて満たすデバイスとして、ZnOナノ粒子をCNFに埋め込んだ、使い捨て可能かつ柔軟性を持つ自立フィルム状の光電子シナプスデバイス「ZnO-CNF膜」を開発することにしたとする。

ZnO-CNF膜は、紫外光の照射と消光の間に、サブ秒オーダーで光電流が徐々に変化するためそれを利用して、人工シナプスとしての特徴が計測された。ZnO-CNF膜の光電流の増減は二重指数関数で正確にモデル化でき、光入力に対する光電流の応答時間はZnO単結晶よりも大きいことが判明。この応答時間の違いは、結晶粒界における酸素分子の吸着あるいは脱離によって誘発されるバンドの曲がりに起因することが考えられるという。

次に、ZnO-CNF膜の短期記憶容量が調べられた。まず、感覚入力や短期記憶の形成に重要と考えられているシナプスの短期可塑性の指標であるPPF指数について、ZnO-CNF膜とZnO単結晶での比較が行われた(PPF指数は、高いほど記憶容量が大きいことを意味する)。その結果、ZnO-CNF膜はZnO単結晶よりも高い値を示し、最大PPF指数は156%と推定されたとする。その結果を受け、実際の短期記憶容量を評価するための課題が実施されたところ、ZnO-CNF膜の短期記憶容量は1.8で、ZnO単結晶は1.3と、PPF指数の傾向と一致することが確認された。

また、ZnO-CNF膜は4ビットの光パルスを分類できることも実験から証明され、手書きの数字認識で最高88%の精度が達成された。なお、パルス幅を50ミリ秒から500ミリ秒まで変化させても、この精度は一貫して80%以上が維持され、1000回の曲げ試験後でも変化はなかったとした。また、フィルムは容易に燃焼可能であることも、実験で確認したという。

今回のZnO-CNF膜は、生体から発する時系列信号と同程度の応答時間を持つことから、ヘルスモニタリングに利用できることが期待できるとしている。