産業技術総合研究所(産総研)、東北大学、筑波大学、Adansonsの4者は3月8日、フィルム状の極薄ハプティックMEMSによるハプティックデバイスを活用した「双方向リモート触覚伝達システム」を開発したことを共同で発表した。
同成果は、産総研 センシングシステム研究センター ハイブリッドセンシングデバイス研究チームの竹井裕介研究チーム長、同・竹下俊弘主任研究員、東北大大学院 情報科学研究科 応用情報科学専攻・人間-ロボット情報学の昆陽雅司准教授、筑波大 システム情報系 応用触覚研究室の蜂須拓助教、Adansonsの中屋悠資取締役CTOらの共同研究チームによるもの。詳細は、3月16日まで米・テキサス州オースティンで開催中の国際会議「SXSW Conference & Festivals 2024」にて発表の予定。
スマートフォンなどに搭載されている既存のハプティック技術(バイブレータ機能)である「LRA型振動発生素子」では、利用できる振動帯域が限定的で(150~250Hz程度)、振動発生機能のみであること、実装スペースの確保が必要であるなどの課題があった。また、コンテンツ作成の際に必要となる「体感振動計測」においても、既存のソフトウエア技術では、計測時に本来伝えたい振動信号だけでなく、身体の動きや心臓の鼓動などで生まれるノイズも含まれてしまい、振動信号が不明瞭になってしまうことなども課題だったという。そこで今回の研究では、ヒトが感じ取れるすべての周波数帯域の振動を表現可能で、なおかつ伝えたい振動を強調できる触覚共有システムを開発することにしたという。
産総研がオムロンと共同開発したのが、厚さ10μmという軽量極薄MEMS素子に、電圧を印加するとひずむ「逆電圧効果」による振動発生素子と、曲げると電圧が生じる「正圧電効果」による振動計測(センサ)としての両機能を担わせた「ハプティックフィルム」。この両機能により、双方向の触覚共有も可能としている。なお発生できる振動周波数は、ヒトが感じ取れる幅広い帯域の1~1000Hzで、複数素子で多チャンネル化した場合にも省スペース化を実現できるとしている。
使い方としては、リストバンド型やネイル型、指輪型、ペン型など、使用者のニーズや用途に合わせた多様なデバイスを作製できるという。たとえばリストバンド型の場合は、手指が拘束されないことから、スマートフォンを持ちながら触覚による演出を楽しむ、触覚を共有しながら工場作業などの技能伝達を行う、といった活用が期待できるとしている。
今回開発されたソフトウェアの1つが、東北大の体感振動の強調・変調技術「ISM」で、今回のシステムでは、「伝えたい振動を強調する」という役割を担う。同技術は、接触振動や音響振動などの高周波信号に対し、ヒトの触覚知覚特性に基づいて計算を行うことで、触感を保ちながらデバイスで再生しやすい低周波信号に変換する技術だ。これにより、小型の振動子でも高周波帯域も含めたより広帯域な体感振動の提供が可能となる。また、特性が周波数によらず一定であることから、ユーザーが感じやすい振動体験を創出できるという。実験では、微細な体感の違いを表現したり、音楽信号の体感振動も再生したりといったメリットが確認されたとしている。
筑波大の双方向リモート触覚伝達システム「オンラインコミュニケーションにおける触覚情報の伝達システム」技術も、今回開発されたソフトウェアの1つだ。今回のシステムでは、「触覚を介した表現ができる独自の情動表現技術」を担う。なおオンライン会議などの場では、表情や生理反応などの非言語的行動が伝わりにくいという問題があるが、同技術を用いることで脈拍のデータをデフォルメした疑似脈拍データを生成して通信回線によりリモート再生なども可能で、実験ではその効果の検証も行われたとした。
AIによるデータ抽出を実現した、Adansonsの「参照系AI」技術も今回開発されたソフトウエア要素の1つで、今回のシステムでは「伝えたい振動のみを抽出する」という働きをしている。同技術は入力信号をデータの特徴量ごとに分解でき、もとのデータから必要なデータを瞬時に抽出することが可能になるとした。
研究チームは今後、4者の技術が多くの分野において価値を創出できるよう、技術開発に加えてコンテンツ創出にも取り組んでいくとする。体感振動はエンターテインメント分野のみならず、非言語的な技術継承がなされてきた手工・加工などのハンドメイドによる作業現場での導入、スポーツ中継などでプレイヤーの心理状態を観戦者に伝える新規コンテンツなど、振動による「心理」「技術」、そしてリモートで振動を介して共有することによる「体感」の3方向を軸に、技術とコンテンツの融合を進める方針とした。