大阪大学(阪大)は2月20日、半導体量子コンピュータ分野の誤り耐性を備えた大規模集積化につながる新たな技術として、電子スピンの操作を安定な軌道に載せた状態で高速に行える手法を開発したことを発表した。
同成果は、阪大 産業科学研究所(産研)のXiao-Fei Liu特任研究員(現・北京量子情報科学研究院)、同・藤田高史准教授、同・大岩顕教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
世界的に開発が進められている量子コンピュータだが、それらはすべてまだ小規模なものであり、誤り耐性を備えた大規模集積化が期待されているが、それはまだ実現されていない。現在、量子コンピュータの基礎となる量子情報単位の量子ビットは、さまざまな物理系により研究開発が進められている中、大規模集積化を可能にし既存の半導体産業との融合が可能なデバイスとして期待されている技術の1つが、電子スピンを基にした量子情報操作だ。電子1個のスピンで量子ビットを表すには、その回転軸が向く南北(上下)方向で0と1に定めることが可能となる(それを実現するため、半導体に微細加工を施して作製される「量子ドット」の、ゼロ次元的な量子閉じ込め効果が利用される)。しかし万能量子計算を実現するには、電子1個ずつのスピンを個別に操作する性能が不足しているのが現状だ。
中でも基底状態(方位磁石が北を向くように、電子スピンも周囲に置かれた磁石が作る「北」を向くのが最も安定した基底状態)に関わる電子スピンの操作は、長時間放置すれば精度だけは向上することから注目度が低く、そのため操作技術が未熟だという。それに対し、量子性が顕著な「コヒーレント操作」(単一電子スピンの偏極と位相を精密にコントロールすることで実現する操作)に注目が集まってきたとのこと。その結果、量子計算が発展するにつれて、この基底状態に関連する初期化や読み出し操作、さらに量子テレポーテーションや量子誤り訂正技術などの量子回路に必須の要素として、この操作にかかる時間が量子計算全体の性能を律速する最大の要因となりつつあるという。
そこで研究チームは今回、最短の距離となる理論的な操作経路を活用しながら、常に安定した状況を実現する「局所的な基底状態」(電子スピンの量子状態にとって、それぞれの局所的な時刻において安定する方位のこと)を保ち、「断熱操作のショートカット経路」を半導体電子スピンで実証することを目指したとする。
断熱操作とは、あらかじめ電子スピンの局所的な基底状態を把握しておき、常に電子スピンの位相制御をし続けることを意味する。今回の研究では、特に南北を反転させる量子操作に対し、安定操作を保つショートカット経路が利用されており、初めて量子情報の基本操作に対してショートカット法が適用された重要な成果だという。これは、本来不安定でしかないと思われていた量子操作の一部を、安定な基底状態の操作のごとく、しかも数倍高速に行えることがポイントであり、量子計算全体の高速化、つまり誤り率を抑える効果があるとしている。
加えて、物理的主眼を置いたさらなる解析により、残った数%の不安定性の原因が、特定のデバイス材料によるものであることが解明された。現在遂行されているシリコン量子コンピュータの開発においては、誤り耐性付き量子計算に有効な精度と、さらに桁違いの高速化に達する見込みが得られているとする。
今回の研究成果は、半導体電子スピンを基にした誤り耐性付き量子計算の実現を大きく進展させることが期待されるという。誤り耐性付き量子計算の実用化には、今回の成果のような高速化法が必須になるとしている。