東京大学 生産技術研究所(東大生研)は2月13日、テラヘルツ(THz)帯域に共鳴周波数を持つ半導体基板上に作製した「スプリットリング共振器」と、GaAs半導体量子ドット(QD)中に閉じ込めた電子を強く相互作用させ、光と電子の両方の性質を持つハイブリッドな量子結合状態を生成することに成功したと発表した。
同成果は、東大生研の黒山和幸助教、同 平川一彦 教授(東大 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構(NanoQuine)兼任)、NanoQuineの權晋寛 特任准教授、同 荒川泰彦 特任教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
これまでの研究で、GaAs半導体中の多数の二次元電子集団とTHz光共振器の間で強結合状態が実現することが知られていたが、量子情報処理技術などへの応用の点から、単一電子と光共振器との強結合状態の実現が望まれていたという。そこで研究チームは今回、半導体量子ドット内に局在した電子とスプリットリング共振器との結合状態を、半導体量子ドットを経由して流れるTHz電磁波によって誘起された電流を測定することで電気的に読み出すことを試みることにしたという。
今回の試料であるGaAs半導体基板には、表面からおよそ100nm下に二次元電子が蓄積したヘテロ接合基板が用いられている。サイドゲート電極とTHz共振器には電圧がかけられるようになっており、それらの電極に負電圧を印加することで、電極直下の二次元電子を空乏化し、特定の領域に電子の閉じ込めポテンシャル(半導体量子ドット)が形成される設計だという。
この共振器構造に対し、外部からTHz電磁波を照射して共鳴励起させると、共振器のギャップにおいて強い電場の閉じ込めが起こるほか、スプリットリング共振器と半導体量子ドットの微細電極間にはより強い電場の増強が得られ、また半導体量子ドット内では量子化した電子の軌道が形成されたという。この電子軌道のエネルギー間隔は、半導体量子ドットに磁場を印加することによって、その大きさを調整することが可能であり、中でも電子軌道のエネルギー間隔がTHz光共振器の共鳴エネルギーと一致する場合には、半導体量子ドットに閉じ込められた電子は、サイドゲート電極の近傍で発生した強いTHz電場を感じて、半導体量子ドットの中の軌道間で共鳴励起されるのだという。
今回の研究では、この半導体量子ドット-スプリットリング共振器結合系試料を極低温に冷却した上でTHz電磁波を照射。半導体量子ドットにおける電流変化(光電流)について、入射周波数と印加磁場の大きさに関する測定が行われた。その結果、入射周波数0.9THz近傍の信号がスプリットリング共振器の共鳴吸収に伴う信号で、それに加えて磁場に関して共鳴周波数が増大する信号が観測されたという。これらの信号は、二次元電子のランダウ準位間の共鳴励起と、半導体量子ドットの量子化された電子軌道間の共鳴励起による信号と同定することができると研究チームでは説明する。
さらに、これら3つの信号のエネルギーが一致する磁場領域においては、3つの共鳴信号の間で反交差信号を形成することも判明したという。この反交差信号は、THz光共振器と二次元電子の結合、および、THz光共振器と半導体量子ドットの結合の同時結合状態によって説明することができるとのことで、そのような同時結合状態の共鳴エネルギーの磁場依存性が計算された結果、実験により得られた光電流信号を良く再現できることがわかったとしている。
この計算結果を用いて、共振器と二次元電子の結合強度が評価されたところ、共振器と二次元電子との間で起きるエネルギーのやり取りの周波数である「ラビ周波数」が、共振器の共鳴周波数の0.1倍よりも大きいという結果を得られたとのことで、この結果は共振器と二次元電子とが超強結合状態にあることが示されているという。さらに、THz光共振器と半導体量子ドットの結合強度も、共振器と二次元電子の結合強度に匹敵する大きさになっていることが確かめられたともしている。
今回測定された半導体量子ドットには数個程度の電子しか存在しないにもかかわらず、二次元電子の集団励起に匹敵するほどの大きなこの結合強度について研究チームでは、半導体量子ドットの電極とスプリットリング共振器との間に発生する強い局所的なTHz電場により実現できたものと考えられるとしている。
また今回の研究成果は、半導体量子ドットとTHz共振器との量子結合系が実現されており、これまでに報告されたものよりはるかに高速な固体-光量子情報変換を実現できる可能性が期待できるとしている。さらにTHz電磁波を用いることで、より高いエネルギーの電子励起を制御することが可能になることを意味しているともしており、今回の半導体量子ドットとTHz共振器との量子結合系であれば、既存の冷凍機技術でも十分実現できる絶対温度4K(約-269℃)のような高温で動作可能な、量子コンピュータ用の固体量子ビットの開発に展開できる可能性があるという。