東北大学は1月11日、直径桁nm領域でさまざまなアプリケーションの要求性能に応じてカスタマイズできる磁気トンネル接合(MTJ)素子を提案し、その材料・構造の設計指針を体系化したことを発表した。
同成果は、東北大 電気通信研究所の五十嵐純太学術研究員(研究当時)、同・大学 材料科学高等研究所の陣内佛霖助教(研究当時)、同・深見俊輔教授、同・大野英男教授(現・総長)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のスピントロニクスに関連する全般を扱う学術誌「npj Spintronics」に掲載された。
不揮発性メモリは、電源を切っても情報を保持できることから半導体集積回路の大幅な低消費電力化をもたらすとして車載、AI、IoTなどの用途で期待されており、現在、不揮発性メモリとしてスピントロニクスに基づく「スピン移行トルク磁気抵抗メモリ」(STT-MRAM)の製品化が進んでいる。
同メモリにおいては、データの記憶を担う磁気トンネル接合(MTJ)素子の記憶層として、コバルト鉄ホウ素(CoFeB)層が酸化マグネシウム(MgO)層で挟まれた構造が用いられている。なお、素子のデータ保持特性は垂直磁気異方性と素子サイズに依存しており、この構造にて1Xnm世代の車載向け半導体集積回路で要求されるデータ保持特性が満たされているという。
しかし、さらに微細化が進んだ将来のX(1桁)nm・オングストローム(Å)世代の半導体集積回路で用いられるサイズのMTJ素子では、現行技術で車載、AI、IoTなどの要求性能を満たすことが困難であり、新たなブレイクスルーが求められていた。
それに対し研究チームは、数々の研究成果を発表しXnm・Å世代のMTJ素子の高性能動作への道筋をつけてきており今回、現在主流となっているCoFeB/MgO材料系を変えることなく、直径XnmのMTJ素子を幅広い用途で要求される性能に応じてカスタマイズする材料・構造技術を詳しく調べることにしたという。
今回の研究で提案された構造は、CoFeB/MgOからなる積層磁性層構造のCoFeB層の膜厚とMgO挿入層の数(積層回数)を変化させることで、界面異方性と形状異方性を独立に制御できることが特徴。CoFeB層膜厚を直径に対して厚くして形状磁気異方性が支配的に作用するように設計された構造は、高温でのデータ保持特性に優れる一方、CoFeB層を薄くしつつ積層回数を増やし、界面磁気異方性が支配的に作用するように設計された構造は、高速書き込み性に優れるという。
研究で作製されたMTJ素子でのデータ保持特性および書き込み特性の評価結果によると、形状磁気異方性が支配的な構造ほどデータ保持特性の温度依存性を特徴づけるスケーリング指数が小さくなることが判明し、直径7.6nmの素子が作製され実際に150℃での十分に高いデータ保持特性が確認されたという。
一方、書き込み速度は「緩和時間」で特徴づけられ短いほど高速での書き込みが可能であるが、界面磁気異方性が支配的な構造ほど短い緩和時間が得られており、実際に作製された直径4.5nmの素子において比較的高いデータ保持特性を示しながら、1V以下、10nsの電圧パルスでデータ書き換えを行えることが確認されたする。また、材料・構造を変えることにより、1V以下、1nsの電圧パルスでのデータ書き換えも実現可能であることが計算により予測されたとする。
今回の研究により、極微細MTJ素子において所望な特性を得るための材料・構造技術とその物理的理解が形成され、今後STT-MRAMが幅広いアプリケーションに展開されるための基盤的理解が構築されたという。また、今回開発された積層磁性層構造は、現在主流のCoFeB/MgO材料で実現できるため、大手半導体デバイスメーカーの既存設備で製造可能。そのため今回の研究で得られた成果は、幅広いアプリケーションでの将来の極微細世代半導体集積回路に向けたSTT-MRAM開発を加速することが期待されるとしている。