東京工業大学(東工大)は12月18日、生命の誕生に必要なタンパク質を構成するアミノ酸が、限られた「炭素質コンドライト」(以下、CC)の隕石グループにおいてのみ豊富に存在する理由の解明につながる、電気化学的条件に応じてタンパク質構成アミノ酸を分解する新たな水質化学反応を発見したことを発表した。

  • CCおよび小惑星リュウグウの母天体における宇宙電気化学的アミノ酸分解モデルの模式図

    CCおよび小惑星リュウグウの母天体における宇宙電気化学的アミノ酸分解モデルの模式図。(c)Reproduced from Li et al. Science Advances 2023(出所:東工大 ELSI Webサイト)

同成果は、東工大 地球生命研究所(ELSI)のYamei Li特任准教授、同・黒川宏之特任准教授(現・東京大学准教授)、同・関根康人教授を中心とした共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

CC隕石は、太陽系の最初の数百万年の歴史を記録している“タイムカプセル”だといわれ、CC隕石や小惑星リュウグウの試料には、生命の誕生に必要なタンパク質を構成するアミノ酸が普遍的に存在している。さらに、そのほかのアミノ酸や核酸塩基、糖に関連した化合物、カルボン酸など、多くの生命の構成要素が発見済みだ。CCは有機物に富み、(鉱物中のOH基の形で)水も豊富に含む。このことからCCは、生命誕生のための2つの重要な前提条件である「水と有機物」を初期地球にもたらした重要な供給源であると考えられている。しかし、アミノ酸は限られたCCグループにおいてのみ豊富に存在することについて、その理由は謎のままだった。

なお、CCに含まれる有機物はすべてが生命に関連しているかというと、そうではない。タンパク質構成アミノ酸はすべてα-アミノ酸だが、CCのアミノ酸の中には、γ-アミノ酪酸やβ-アラニンのように、アミノ基がα位以外の炭素に結合しているものもあることがわかっており、これらタンパク質構成アミノ酸以外のアミノ酸は、CCにおいて頻繁に同定されているにも関わらず、現在の生命には利用されておらず、生命の誕生にも寄与していないとされる。

研究チームによると、最近さまざまなCC試料のアミノ酸分布に顕著な不均一性があることが明らかになりつつある。特に、強い水質変成を経験したCCの「岩石学的タイプ1」は、タンパク質構成アミノ酸の含有量が少なく、γ-アミノ酪酸とβ-アラニンが主要なアミノ酸だ。このことは、強い水質変成を経験しているリュウグウ試料においても観測されていて、水質変成によって引き起こされた化学過程が観測されるアミノ酸分布を作り出したことを示唆しているという。しかしこれまでのところ、これらの分析結果を説明する水質化学過程は解明されていなかったため、研究チームは今回、電気化学的条件に応じてタンパク質構成アミノ酸を分解する反応経路の解明を試みたとする。

そして今回の研究により、タンパク質構成アミノ酸を分解する反応経路の解明に成功したとのこと。そこで研究チームは、水に富んだマントルで生じるアミノ酸の還元分解反応と岩石コアで生じる水素酸化反応を電気化学的に結合させる経路を提案したとする。そして提案された反応をシミュレートした結果、硫化鉄と硫化ニッケルを触媒として、グルタミン酸とアスパラギン酸という2種類のタンパク質構成アミノ酸が、非タンパク質構成アミノ酸(それぞれγ-アミノ酪酸とβ-アラニン)へと分解されることが突き止められた。

なおこの結果は、強い水質変成を経験したCCとリュウグウ試料には非タンパク質構成アミノ酸が著しく豊富に存在するのに対し、水質変成をあまり経験していないCCにはタンパク質構成アミノ酸がより多く含まれているという分析結果をよく説明するものとしている。

  • (A)2種類のタンパク質構成アミノ酸(アスパラギン酸とグルタミン酸)が、電気化学的にそれぞれ非タンパク質構成アミノ酸(β-アラニンとγ-アミノ酪酸)に分解される。(B~D)このような分解反応によって、CR2.0-2.4、CI1、リュウグウ試料を含む、強い水質変成を経験したCCにおいて、これら2種類の非タンパク質構成アミノ酸が相対的に濃縮していることが説明できるとした

    (A)2種類のタンパク質構成アミノ酸(アスパラギン酸とグルタミン酸)が、電気化学的にそれぞれ非タンパク質構成アミノ酸(β-アラニンとγ-アミノ酪酸)に分解される。(B~D)このような分解反応によって、CR2.0-2.4、CI1、リュウグウ試料を含む、強い水質変成を経験したCCにおいて、これら2種類の非タンパク質構成アミノ酸が相対的に濃縮していることが説明できるとした。(c)Reproduced from Li et al. Science Advances 2023(出所:東工大 ELSI Webサイト)

さらに研究チームは、異なるCCグループ(CM、CI、CR)間の化学的不均一性を説明するための新しい進化モデルも提案。母天体である氷微惑星が水・岩石分化していたと仮定すると、コアとマントルの水・岩石比が大きく異なるため、天体内部に大きな化学・酸化還元勾配が存在したことが考えられるという。アミノ酸はコアではよく保存される一方、マントルでは分解される。このような天体が太陽系の内側領域に移動するのと合わせて、天体の衝突と破壊が起こり、まったく異なるアミノ酸分布を持つ小惑星が誕生したことが考えられるとのことだ。そしてこのような岩石コアと水に富んだマントルの分化は、CM、CI、CRグループとリュウグウの間で観測されたアミノ酸の不均一性を少なくとも部分的に説明できるとする。

  • リュウグウのような小惑星とCI、CM、CRなどのCCの形成と進化のシナリオ

    リュウグウのような小惑星とCI、CM、CRなどのCCの形成と進化のシナリオ。(c)Reproduced from Li et al. Science Advances 2023(出所:東工大 ELSI Webサイト)

さらに、反応経路は触媒となる鉱物と酸化還元条件に大きく依存する。研究チームはこの研究について、宇宙化学進化の歴史を解明するために鉱物と有機物の組み合わせを利用する根拠を提供するものであり、米国航空宇宙局(NASA)の「OSIRIS-REx」ミッションによるサンプルリターンが実現した小惑星ベンヌを含む、ほかの水・岩石相互作用環境における化学進化の理解に応用できる可能性があるとしている。