SAPが生成AI時代に向けて戦略を固めつつある。キーワードは「System of Intelligence」だ。今年10月に発表した生成アシスタント「Joule」を全体に組み込み、11月2日・3日に開催された開発者向けイベント「SAP TechEd 2023」では、PaaSの「SAP Business Technology Platform(BTP)」でベクトルデータベースをサポートすることを発表した。

本稿では、TechEd会期中に同社のエグゼクティブボードメンバーのCTO Jurgen Mueller氏、同 最高マーケティング・ソリューション責任者のJulia White氏が記者向けに説明したポイントをまとめる。

  • 左から、SAP エグゼクティブボードメンバー CTO Jurgen Mueller氏、同 最高マーケティング・ソリューション責任者 Julia White氏

「SAP Build Code」を発表

SAPの生成AIにおける取り組みは、6月の年次イベント「Sapphire」で発表した「SAP Business AI」に集約される。これはポートフォリオ全体に生成AIを組み込むという戦略で、まずはMicrosoftとの提携に基づき、ng」「Azure OpenAI Service」を組み合わせ、採用などで生成AIを使って操作できるようにした。

  • SAPの生成AI戦略「SAP Business AI」。同社の製品ポートフォリオ全体に生成AIを組み込む

続いて、10月にはJouleとして独自のCoPilot(アシスタント)技術を発表した。

満を持して迎えたTechEdでは、開発者に向けて「AIを活用して生産性を高めるための機能」「AIを活用したサービスを開発するための機能」という、大きな2つの発表が行われた。

前者としては、「SAP Build Code」が発表された。これは、Jouleを利用してフルスタックのJava/JavaScriptアプリケーションやUIを構築できる開発ツールとなる。

  • Jouleを活用してJavaアプリケーションを開発できるツール「SAP Build Code」の仕組み

テストやデバッグなど開発、実装に必要な機能に加え、2022年に発表したノーコード/ローコードの「SAP Build」とのコラボレーション機能も備える。

業界注目のベクトルデータベースがもたらす2つのメリット

後者については、SAP HANA Cloudにおけるベクトルデータベースのサポート(プレビュー)、「AI Foundation」と「Generative AI Hub」などを発表した。

「この1年でさまざまな大規模言語モデル(LLM)を使っているが、どれも素晴らしい。一方で、限界もある」とMueller氏は語り、LLMの課題として、トレーニングデータが最新のものではないこと、企業やビジネスのデータにアクセスできないことなどを指摘した。

こうした課題を解決すべく、マルチモーダルのSAP HANA Cloudデータベースを拡張し、ベクトル機能を追加する。「サプライチェーンや財務などのビジネスデータを使うことができる。Jouleに“最もサステナブルなサプライヤーを探して”などと入力することで、ビジネスの文脈にあった回答を得ることができる」とMueller氏は述べた。

ベクトルデータベースをサポートするもう1つのメリットについて、Mueller氏は「HANA Cloudは分析データ、トランザクションデータ、地理空間データ、ドキュメントやファイルもサポートする。ベクトル機能を直接HANA Cloudに組み込み、ユーザーはSQLで操作ができる」と説明した。

ベクトルデータベースはOracleなどもサポートを明らかにしているが、「SAPは大手エンタープライズ企業で、2024年第1四半期にGAにすると明確に発表した最初の企業だ。SAPがHANA Cloudを発表して以来、データベース領域で最大の発表と言える」とMueller氏は胸を張った。

「AI Foundation」「Generative AI Hub」発表

「AI Foundation」と「Generative AI Hub」は、生成AIとAIを活用した拡張やアプリケーションの構築に必要な機能やツールを集めたもの。Microsoftに加えて、Cohere、Anthropic、AlephAlphaなどとの提携を通じてさまざまなLLMにアクセスして、複数のモデルを組み合わせて使うことができる。

RAG(Retrieval-augmented generation)を使ってSAP HANA Cloudベクトルエンジンにアクセスすることが可能なほか、プロンプト支援も提供するという。

White氏は、SAPのAI戦略の方向性について、「製品・サービスすべてにAIを組み込むことで、システム・オブ・インテリジェンスを実現する」と述べた。「SAPはSoR(システム・オブ・レコード)を生み出し、その後SoE(システム・オブ・エンゲージメン)トに移行した。以前からAIに取り組んできたが、生成AIでシステム・オブ・インテリジェンスに向けた取り組みを加速させる」と形容する。

AI活用においても顧客に対する信頼や責任を確実なものに

ここではパートナー戦略も重要となる。「Sapphireでは、最初のパートナーとしてMicrosoftと提携を発表した。OpenAIとの提携によりMicrosoftが(Sapphire当時は)先んじていたが、さまざまなモデルを利用できるようにする戦略を描いてきた」とWhite氏は述べた。

TechEdでは、DataRobotで構築したモデルをSAP AI Coreでホスティングし、SAP Buildでアプリケーションを構築時に使用できるようになったことも発表した。

また、White氏が同様に強調したのが、“3つのR”だ。SAPは2018年、AI倫理についてのポリシーを打ち出しており、3Rでは関連性(Relevant)、信頼(Reliable)、責任(Responsible)を確実にする。「SAPは顧客のミッションクリティカルな情報を扱っている。信頼や責任はオプションではなく必須だ」とWhite氏。

TechEdでは、人間の中心のAIを研究するスタンフォード大学のラボ「Stanford HAI」の企業アフィリエイトプログラムに参加したことも発表している。