物質・材料研究機構(NIMS)と日本ロレアルの両者は11月8日、湿度に応答して形状記憶効果を発動するポリマー材料を開発したことを共同で発表した。
同成果は、NIMS 高分子・バイオ材料研究センター スマートポリマーグループの宇都甲一郎独立研究者、同・荏原充宏グループリーダー、日本ロレアル リサーチアンドイノベーションセンターの共同研究チームによるもの。詳細は、界面とそのインタフェースに関する学術誌「Advanced Materials Interfaces」に掲載された。
毛髪はタンパク質でできており、水分や熱、化学物質の影響を受けやすい。そのため、雨の日や発汗といった湿度の高い環境においては、特にヘアスタイルが崩れやすくなる。そうした事態を防ぐため、これまでにもヘアスプレーやジェルなどのヘアスタイリング製品が多数販売されているが、それらの大半は、毛髪に直接コーティングして保護することで湿度による影響を軽減するというものだ。
研究チームは今回、髪の毛を湿気から保護するのではなく、湿度に応答して動的に形状記憶変化するという新たなコンセプトの材料を開発することを目指したという。
また近年は、持続可能性や環境負荷の低減に焦点を当てた製品の需要が高まっており、天然由来成分や生分解可能な成分の使用など、より環境に優しいスタイリング用材料の開発も求められているとする。そこで今回は、「ポリビニルアルコール」(PVA)が有する湿度に応答し発現する形状記憶効果と、天然由来の「セルロース微結晶」(CM)の強固な分子内・分子間水素結合ネットワーク形成能を融合させることで、湿度応答性形状記憶コンポジットを実現したとしている。
まず材料の評価のため、PVAとCMを溶媒キャスト法により製膜化したとのこと。そして詳細な解析により、PVAマトリックス中にCMが均一分散していること、PVAとCM間で新たな水素結合が形成されていることが確認されたとする。またその際に、CM含量が最大33wt%のコンポジットフィルムの作製が可能だったという。
次に、100%相対湿度条件下でフィルムの特性変化が観察された。すると、PVA単独フィルムでは水分吸着に伴う膨潤変化が確認されたのに対し、PVA/CMではその膨潤が顕著に抑制され、吸湿時の力学強度(弾性率)が6倍~18倍向上することが判明した。
PVAとCMへの水吸着は、それらが有する水酸基を起点とした、分子内と分子間での水素結合が水分子と置き換わることにより生じる。PVAと比較して、PVA-CM間およびCM自身がより強固な水素結合を形成しており、コンポジット中に存在するCMが水分子の侵入および吸着を阻害することで膨潤度を抑制し、力学特性を向上させていることが解明された。その結果、PVA単独では吸湿量が多くなると形状記憶特性が完全に消失したが、PVA/CMコンポジットフィルムでは、PVAをはるかに凌ぐ形状回復が確認され、少なくとも6時間まではその回復形状を維持可能だったという。
次に、PVA/CMコンポジットの性能が、実際の毛髪を用いて評価が行われた。一般的に使われているヘアワックスの適用量に合わせてPVA/CMコンポジットが毛髪にコーティングされ、その後にヘアアイロンでカール状に毛髪がスタイリングされた。すると、CM含有量に伴ってスタイリング性能(ヘアスタイル維持能)が向上したという。
続いて、80%相対湿度条件下で湿度に応答した形状記憶特性を評価したところ、何もコーティングしていない毛髪は、この条件下に晒されると形状変化をほとんど示さず、髪束が広がるのに対し、PVA/CMコーティングは髪束の広がりが顕著に抑制されることが確認された。さらに、PVA/CMでコーティングされた毛髪は、湿度に晒されるとむしろ形状回復が誘起され、最初にスタイリングしたヘア形状に近づくこともわかった。
そして最後に、毛髪にコーティングしたPVA/CMを温水(42℃)やシャンプーで洗浄したところ、容易に洗い流すことができたとしている。
以上の結果から研究チームは、PVA/CMコートを施すことで毛髪のスタイリング性能を顕著に向上させ、湿度に晒される毛髪の広がりを抑制すると同時に、元のスタイリングに戻るという従来品とは明らかに異なる性能を実現していることが見出されたとする。
今回の材料で確認された特性は、スタイリングを乱す因子である空気中の水分を使用してヘアスタイルを維持する方法に結び付くことから、特に高温多湿環境下で感じる多くの消費者の悩みを解決する方法につながる可能性があるという。
また、湿度に応答して形状記憶特性を発現するという新たな動作原理と、分子内・分子間水素結合のメカニズムに関する知見を材料および処方設計に活かすことで、より湿度に対して効果の高いスタイリング方法を提案できる可能性があると考えているとしている。