九州大学(九大)は10月26日、負やゼロと近い透磁率を有する人工誘電体「メタサーフェス」の設計を行い、無線電力伝送(Wireless Power Transfer:WPT)システムの送信器と受信器の間の磁場を制御することにより、WPT距離および「ミスアラインメント問題」を解決できることを明らかにしたと発表した。

同成果は、九大大学院 システム情報科学研究院のポカレル・ラメシュ教授、同・モハメド・アブアララー外国人特別研究員らの研究チームによるもの。詳細は、IEEEが刊行する物理現象の測定・監視・記録用機器の開発や使用に関する全般を扱う学術誌「IEEE Transactions on Instrumentation and Measurement」に掲載された。

  • 提案の無線電力伝送システム

    (左)提案の無線電力伝送システム。(右)従来型無線電力伝送システムの不可能な距離でも、提案型のシステムなら無線電力伝送が可能なことが証明された(出所:九大プレスリリースPDF)

まだ有線充電も一般的だが、スマートフォンなどの小型デバイスにおいてワイヤレス充電が実用化されている。こうした機器の有線充電からワイヤレス充電への移行は、利便性と使用可能なデバイスの設置場所の柔軟性を向上させたものの、それに伴う新たな課題も浮上している。

1つは、WPTシステムの伝送距離だ。現状のWPTシステムは近距離でしか効果的に電力を伝送できない傾向があり、長距離は困難なことが課題だった。さらに、受信機と送信機の位置のずれによるアラインメントの問題もある。WPTシステムでは、受信機と送信機のコイルやアンテナが完全に一致していない場合や、位置がずれている場合は電力伝送の効率が低下したり、さらには通信が中断される可能性があるほか熱の問題も生じてしまう。これらの課題を解決するため、研究チームはメタサーフェスを用いて新たなアプローチを追求することにしたという。

今回の研究で提案されたメタサーフェスは、メタマテリアルともいわれる人工光学物質だ(メタマテリアルのうち、平面型のものがメタサーフェスと呼ばれる)。メタサーフェス/メタマテリアルは、制御の対象とする電磁波の波長よりも小さなサイズの人工構造を表面に並べることで、自然界にはない電磁波応答を示すことを特徴とする。また、将来的には熱光学迷彩や透明マントなどのクローキング技術や、負の屈折率なども実現できる物質として研究が進められている。

メタサーフェスは特異な光学特性により、送信器と受信器の間の磁場を効果的に制御し、遠距離への電力伝送を実現する。具体的には、メタサーフェスを導入する前は40mmの距離での伝送効率がわずか8%に過ぎなかったが、メタサーフェスを活用すると78%にまで向上するという。また、この新技術の応用により、受信機と送信機の位置ずれに起因するミスアラインメント問題も大幅に改善されたとした。

  • 提案のメタサーフェス

    (左)提案のメタサーフェス。(右)その電気特性(出所:九大プレスリリースPDF)

今回の成果により、受信器の位置に依存しない無線電力伝送システムの開発が可能になるという。これにより、スマートフォンやタブレットなどを机などに置くだけで充電できるような、いつでもどこでも無線で電力伝送が可能な技術の開発への貢献が期待されるとした。

また、医療分野においても、ペースメーカーや人工心臓などの埋め込み型医療機器のバッテリーを体外から充電でき、バッテリー交換のための手術が不要になることも期待されるとする。このような進歩は、ワイヤレス充電技術の広範な応用可能性を開拓し、未来の技術に大きな寄与をするものと見込まれているとした。