2024年度にデジタル人財を9万7000人に拡大する日立製作所

日立製作所は、人財戦略を経営戦略の一部に位置づけている。なかでも、デジタル人財の拡大・育成は、重要なテーマの1つだ。

それを裏付けるように、2024中期経営計画では、2021年度にグループ全体で6万7000人だった“デジタル人財”を、2024年度には9万7000人に拡大する意欲的な計画を打ち出している。

同社が目指しているのは、顧客協創を通じて、他社にない社会イノベーション事業の強さを創出することであり、そこではテジタル人財が大きな役割を果たすことになる。このほど、若いデジタル人財の取材を行う機会を得た。

1人は新卒入社2年目の片渕凌也氏。もう1人はAIエンジンの開発を行うスタートアップ企業から転職した田中聡一郎氏。2人とも、データサイエンティストとして、日立製作所の社会イノベーション事業を牽引する活躍をみせている。

  • 左から日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studioの片渕凌也氏、同技師の田中聡一朗氏

    左から日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studioの片渕凌也氏、同技師の田中聡一朗氏

日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studioの片渕凌也氏は、2022年4月に新卒で日立製作所に入社し、今年で2年目を迎えている。

片渕氏は「大学で統計学の授業を受けたときに『これだ!』と、ビビっときたのはじまり」と、データサイエンティストを目指したきっかけを振り返る。このとき、科学的根拠をもとに事実を追求していくことに興味を持ったという。いまでも趣味はデータ分析だと言い切り、休日も関連する論文を読み漁っている。

  • 日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studioの片渕凌也氏

    日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studioの片渕凌也氏

大学院卒業後は研究職に就くことを目指していた時期もあったというが、日立製作所で3週間に渡るインターンに参加。同氏は「お客さまファーストで仕事をしている様子を目の当たりにして、ここで働きたいと思った」と、日立製作所への就職を希望した。また、同氏は「データサイエンスの活用領域は幅広く、その力を発揮するには、事業範囲が広い日立製作所が最適だと考えたことも、選ぶ理由の1つになった」という。

入社して以降、データサイエンティストなどが所属するData Studioに配属され、日々の業務をこなしていた片渕氏は、2023年1月~3月の3カ月間、「モノづくり実習」に参加することになった。これは、入社2年目までのデータサイエンティストが、モノづくり現場における課題解決に挑む同社独自のプログラムだ。

「データ活用で、課題解決に結び付けることは素直にうれしい」 - 片渕氏

片渕氏の実習の現場となったのは、白物家電事業を担当する日立グローバルライフソリューションズである。同社のなかには、洗濯機に関するコールセンターへの問い合わせ内容や、故障修理を行ったサービス担当者の報告書などのデータが蓄積されていたものの、これがあまり活用されていないのが実態だった。

「このデータを分析すれば、品質改善につなげることができると考え、そこでデータ分析のためのツールを開発した。製品ごとに蓄積されていた数万件のデータを処理しやすいように整備し、そこから品質に関する問題を抽出し、改善につなげられるようにした」(片渕氏)

3カ月間の実習期間は、分析ツールを作り、それを現場の人たちに利用してもらい、毎日のようにフィードバックを得て、繰り返し改良を加えていった。現場の社員もデータを使うことで、新たな発見ができるという成果を目の当たりにして、こんな機能が欲しいという要望が次々に出てきたという。

小さい成果の積み重ねをもとに、現場社員とデータサイエンティストに信頼関係が生まれ、好循環のサイクルが動き始めた事例の1つだ。片渕氏は「どの機能を優先すべきかの順位をつけ、多くの人が納得してもらうえるようにツールの進化に取り組んだ」と振り返る。

データを活用することで、具体的にはこんな成果が挙がった。洗濯機の修理現場では、ある不具合の発生に関して、発生原因が突き止められないという課題があった。ところが片渕氏が開発した分析ツールを使ってデータを分析してみると、その不具合が発生する際には、特定のモードで利用していることが、ワードの結びつきから発見できた。

片渕氏は「修理担当者も感覚的には理解していたようだが、ワードの結びつきをもとに検証したところ、その使い方が不具合の原因であることが明らかになった。その後、修理の際には、該当する使い方をしていないかどうかを確認するようになった」と話す。もちろん、製品そのものの改善にもこれが生かされている。

そして、同氏は「データを活用することで、課題の解決に結び付けられたことは素直にうれしかった。また、入社1年目の社員が実習で作ったものが、すぐに使われるとは思わなかった。自分自身も現場でどれぐらいの成果が出るかがわからなかったが、現場の人たちから誉められ、成果につながり、実を結んだことが、自信となり、その後の仕事にもつながっている」と、実習の経験が糧になっていることを示す。

「データサイエンティストは正解がどこにもない仕事」 - 田中氏

2021年5月に、日立製作所にキャリア採用で入社し、今年で3年目を迎えているのが、日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studio 技師の田中聡一朗氏だ。社内では、片渕氏の指導役としての役割も担う。

  • 日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studio 技師の田中聡一朗氏

    日立製作所 デジタルシステム&サービス デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data & Design, Data Studio 技師の田中聡一朗氏

大学では人間機械システムを専攻し、複合材料の構造最適化を研究。防衛・航空、宇宙事業などを行うSIerで、SEとして社会人としてのスタートを切り、2年9カ月間勤務したあとに、AIエンジンの開発を行うスタートアップ企業に移籍。2年4カ月間にわたり、データサイエンティテストとして活躍した。

田中氏は「自分のスキルを高めたい。そう考えたときに、環境を変えることを選んだ」と、転職の理由を語る。そして、登録していた転職サイトを見て「この職務内容であれば即戦力として動ける」と判断したのが、日立製作所を選んだ理由だった。

入社前の日立のイメージは、家電や鉄道の会社というものだったが、社会イノベーション事業の拡大に力を注いでいること、それに伴いデータサイエンティストなどのデジタル人財を重視する社風に変わっていることを知り、そこに惹かれたという。

イジワルな質問だが、大企業のなかで歯車になってしまう危機感がなかったのか?と聞いてみた。田中氏は「それはまったくなかった」と即答。続けて「データサイエンティストの仕事そのものが、型にはまるものではなく、正解はどこにもない仕事。歯車にはなりえない仕事である。大企業でも、スタートアップ企業でもそれは変わらない」と断言してみせた。

そのうえで「日立製作所は、思ったよりも自由な風土がある会社だった。むしろ、スタートアップ企業のような雰囲気を持っている」とも語る。そして、スキルを高めるという目標については、想定以上の成果があったようだ。

「入社1年目には、データ分析の考え方が根底からひっくり返されるような学びを得た。それまではなんとなくやっても、なんとなく成果があがっていたものが通用しなかったり、自分ではうまく行っていると感じていたものが、先輩のデータサイエンティストからは失敗と評価されたりといったこともあった。自分の知識だけだと、自分の成功体験や失敗体験から物事を判断する。だが、これは言い方を変えれば、経験というバイアスがかかった見方と捉えることもでき、必ずしも最適解ではない場合もある。多くのデータサイエンティストと話をすることで、これまでのやり方ではダメであると気がつかされ、マインドが大きく変わった」(田中氏)

データサイエンティストとしては、かなり大きなショックを受けた出来事だったといえるが、この話をする田中氏は、なぜか楽しそうだ。それだけ自身の成長に手応えを感じた出来事だったのだろう。

約60人のデータサイエンティストが在籍する日立のData Studio

田中氏と片渕氏が所属しているData Studioは、多様なバッククグランドを持った約60人のデータサイエンティストが在籍。データを活用して、課題解決につなげる役割を担っている。

2人以上のデータサイエンティストで1つの案件を担当。顧客へのヒアリングを通じて課題を抽出し、その解決方法をデータ起点で検討し、提案する。分析した結果から課題を解決できることがわかり、案件化するとSE部門と連携して、システム開発を進めることになる。

片渕氏は「データを扱う際の技術力や知識があることは、データサイエンティストとしては当然のスキル。大切なのは、お客さまと協創するために、求められていることの本質を見極め、背景を読み取る力と、課題を引き出すコミュニケーション力である」と語る。

田中氏も「データサイエンティストは、わかりやすく説明することが重要なスキルのひとつ。そのためには、データを集計し、可視化する際に、統計学などを用いて、正しく解釈する能力や、客観的にデータを読み解く力が必要である」と述べている。

顧客が持っているデータは、決してキレイに整備されたものではないことが多い。また、顧客からは高い理想をもとにした要望があり、手元にあるデータの精度・粒度では、その実現が難しいというケースが頻発しているというのは、データサイエンティストの現場からはよく聞く話だ。

いまあるデータの価値がどの水準にあるのか、目的を達成するのに必要なデータの前処理にどれぐらいの工数とコストがかかるのか、そして、どこまでの効果を得ることができるのか。

そうした点を相互に理解し、お互いに腹落ちした上でプロジェクトが進むように、コミュニケーションを図るのは、データサイエンティストに求められる重要な素養だといえる。ただ、「当然のスキル」と位置づけている技術知識についても、その蓄積には日々の努力を惜しまない。

田中氏は「データを正しく分類したり、過去のデータをもとに未来を予測したりする際には、数多く存在する機械学習モデルのなかから、どのモデルがこのデータに最適なのかを判断しなくてはならない。その際には、数学や統計学の知識も必要になる。また、新たな技術が数多く登場するため、それを追随することは当然必要なことだが、過去に発表された技術についても詳しく知っており、新たな技術とこれまでの技術をどう組み合わせて使っていくのかといった知識も必要になる」と説明しつつ、同氏は「プライベートでも勉強できる意欲がないと続かない」と冗談交じりに笑う。

片渕氏は、休日などにWebで公開されているデータを活用しながら、技術を磨いており「プロジェクトがスタートすると、お客さまとの対話の時間が重要になる。コードは短期間に、ささっと書き上げなくてはならない。また、お客さまから技術的な質問があった場合にも的確な回答ができなくてはならない。そのための努力は怠らない」と力を込める。

田中氏は、指導役の立場から見た片渕氏の良さとして、コーディングの速さを挙げている。同紙は「コーディングが速いため、相手にすぐに理解をしてもらえたり、成果につながりやすくなったり、繰り返し挑戦ができたりする。コーディングが速いことは、データサイエンティテストにとっては明らかに有利。実際のデータを触ったり、コンテストに参加したりといったことを通じて、経験を積み重ねてきたことが生きている」と評する。

自らも成長することに意欲的な日立のデジタル人財

最後に、2人に将来の夢を聞いてみた。

片渕氏は「データサイエンティストは、未知の領域に挑戦していけることが楽しい仕事。また、AIをはじめとした新たなテクノロジーにも関わることができる仕事である。あらゆる分野の知見を持ち、あらゆる技術を身につけたデジタル人財になりたい」とする。

グローバルに展開している日立グループの地盤を生かして、世界で活躍したいという夢も語ってくれた。そして、片渕氏は「機会があるならば、スマートシティを丸ごと作り上げるといったことにも挑戦したい。チャンスがきたときに、持てる力を十二分に発揮できるようにいまから準備している」と、新たな挑戦に向けた姿勢を語ってくれた。

一方、田中氏は「データサイエンティストで一生を終えたいという気持ちがある。それだけやりごたえがある仕事」と切り出し、同氏は「技術で尖っていきたい。『技術に関して相談するならばあの人』と言われるようなポジションを築きたい」と語る。

2人の取材を通じて感じたのは、データサイエンティストとして、日々新たな挑戦を繰り返しながら、自らも成長することに意欲的なデジタル人財が、日立製作所のなかで活躍していることであった。