ソフトバンクは10月3日~6日、ハイブリッド形式で「SoftBank World 2023」を開催。4日目の10月6日には、ECビジネスを営むZOZOの代表取締役社長兼CEO 澤田宏太郎氏と、アスクル 代表取締役社長 CEO 吉岡晃氏が参加するトークセッション「大手ECトップが語るデータドリブンと物流2024年問題の処方箋」が開催された。

なお、モデレータはソフトバンク 法人マーケティング本部 本部長 上野邦彦氏が務めた(以下、敬称略)。本稿では同セッションの内容を詳しくお届けする。

  • トークセッションの参加者。右からZOZO 代表取締役社長兼CEO 澤田宏太郎氏、アスクル 代表取締役社長 CEO 吉岡晃氏、ソフトバンク 法人マーケティング本部 本部長 上野邦彦氏

    トークセッションの参加者。右からZOZO 代表取締役社長兼CEO 澤田宏太郎氏、アスクル 代表取締役社長 CEO 吉岡晃氏、ソフトバンク 法人マーケティング本部 本部長 上野邦彦氏

「個」のデータが重要

上野:二人とも経営者ということで、まず、経営者の目線でデータ活用というところに対してのコメントをいただければと思います。

澤田:オリジナリティのあるデータが自分の会社の中で何があるのか、それをどう活用するのかということは考えています。AIによるアウトプットが世の中で増えている中、事業として成り立たせるために、自分たちしか持っていないデータ、つまり作り出したデータというものをいかに集約して事業に活かすのかというところを考えています。

それは、パーソナライゼーションで、個のデータが重要になっています。一昔前は、お客さまをセグメントで分けて、そのセグメントに対してブランドをレコメンドする世界だったと思いますが、それが完全に個と個をぶつける形のレコメンデーションになっており、それがどんどん進んでいくと感じています。

  • ZOZO代表取締役社長兼CEO 澤田宏太郎氏

    ZOZO代表取締役社長兼CEO 澤田宏太郎氏

上野:データを固まりで見るのではなく、個人の単位に落としていくというのは、活用という側面もそうですが、データをどういう視点で見ていくのかというところも重要になってくると思います。これまでセグメントのような固まりだったものが、一人ひとり集める上でのテクノロジーの進化も伴って、そういう見方ができたり、データの活用というところが追いついてきているという感じですか?

澤田:そうですね。テクノロジーという意味では、一番進化してありがたかったのはスピードです。モノを売るという意味では、直前の情報であればあるほど価値が高いです。それをリアルタイムに近い形でアウトプットできるような仕組みになってきたのは、すごくありがたいし、存分に使っているところです。

吉岡:データの鮮度が大事だというのは、B2Bも変わりないと思います。そもそもデータが経営としてどういう位置づけなのかという考えから入ると、生活者の便益を良くしていくということと、社会課題を同時に解決していくという2つの活用目的があります。そのためには、われわれだけのデータを見ていくのではなく、いろいろなデータを掛け合わせてデータを見る、われわれの質を高めていくところも非常に大事だと思います。逆に、データに惑わされないようにしなければならないと思います。

  • アスクル 代表取締役社長 CEO 吉岡晃氏

    アスクル 代表取締役社長 CEO 吉岡晃氏

上野:お客さまや社会を見ないで、データだけを見てしまうのは非常に危険ですので、両方のバランスを取りながら見ていくというところですね。

吉岡:ZOZOさんとわれわれで共通しているのは、お客さまから直接注文を受けて、直接届けている点です。ダイレクトにつながっていることで、常にデータとその先にいるお客さまを見ていかなければならないという立ち位置は、一緒だと思います。

上野:お客さまの声とデータをしっかりつなぎ合わせる点で、気をつけていることはありますか?

澤田:結局、トライ&エラーだと思います。お客さまの考えとデータが異なるケースはありますが、データがそう言っていない以上、意見としては通りにくいです。結局、実行するしかないです。A/Bテストができる点がネット企業の一番いいところです。試してみればいい。A/Bテストをとにかく高速で回して、最終的にそれで結論が出るので、とにかくどれだけ回すかです。

パーソナライズの話に戻りますが、ZOZOTOWNの商品を検索したときに、その並び順は、売上やお客さまの満足度という意味ですごく重要です。昔は、並び順は単純に新しいものからでしたが、今は、その人がどういう思考を持っているのかといういろいろな要素をインプットして出しています。これは、終わりがない旅で、A/Bテストを繰り返しながらバージョンを重ねていくことをやっています。

ZOZOとアスクル、両社の特徴的な取り組みとは?

上野:自分たちのビジネスの中で、特徴的な取り組みについて、話していただけますか?

  • ソフトバンク 法人マーケティング本部 本部長 上野邦彦氏

    ソフトバンク 法人マーケティング本部 本部長 上野邦彦氏

澤田:お客さまが商品を買うための意思決定として、何が重要なのかをじっくり考えたときの結論が、「似合う」を追求しなければならないということです。そこで、昨年発表させていただいたのが「似合うラボ」というサービスです。

これはリアル店舗のサービスですが、お客さまに対して「似合う」を提供することを目指しています。AIが動いている部分が2割ぐらい、スタイリストさんが8割ぐらいです。今後は、8割のスタイリストさんが何を見て、何をアウトプットしているのかをAIにどんどん学習させて、AIの比率をどんどん上げていこうとしています。

  • 「似合うラボ」(出典:ZOZO)

    「似合うラボ」(出典:ZOZO)

上野:「似合う」には、自分以外の人が客観的に見て似合うという言い方と、自分自身が気持ちよく着ているのを「似合う」とする捉え方もできます。この「似合う」に含まれているのは両方ですか?

澤田:両方ですね。それが人によって違います。日によって変動することもあります。その人が、外から「似合う」と言われることを基準にしている人なのか、それとも自分が着てみて自己判断で「似合う」というのを欲している人なのかというのを最初に切り分けます。

上野:ときどき、この色とこの色の間ぐらいが欲しいとか、もう少しこのデザインが自分の体型からすると柔らかい刺激の方がいいと思うことがあります。そういった需要をどうやって取り込んでいきますか?

澤田:なぜ、中間の色がないのかというと、たくさん売れないから作らないというのがメーカーの判断です。われわれは「Made by ZOZO」というサービスを始めていますが、これは完全に受注生産です。

在庫リスクはゼロなので、アパレルさんから好評をいただいているサービスです。こういう形になれば、中間の色をとりあえず売ってみようとなり、売れれば作ってみますとなり、少し在庫を作るようにしてもいいと思います。アパレルが試す場として重宝がられているサービスです。

  • 「Made by ZOZO」(出典:ZOZO)

    「Made by ZOZO」(出典:ZOZO)

吉岡:面白かったのは、「似合う」という概念をデータ化していくところです。データの活用というと、どうしても今あるデータをどうやって活用していくのかという方向に行きますが、抽象的な感情を可視化するという話で、すごく面白いと思いました。

われわれは、販売している商品の環境対応をスコア化する取り組みを行っています。これはパッケージ自体がどんな素材でできているのか、インクはどんなものを使っているのか、外装パッケージの環境対応度、本体で使われる素材としてどんなプラスチックを使っているのかとかいうような、材料はもちろん、製造メーカーさんがリサイクルスキームや循環スキームを持っているのかなど、30項目ぐらいをスコア化しています。

環境貢献したい人のモチベーションにもなり、社会全体にいい影響になると思っています。この取り組みはオリジナル商品でやっていますが、メーカーさんからも、ぜひ、うちの商品をスコア化してほしいとおっしゃっていただいています。

  • 環境対応スコア(出典:アスクル)

    環境対応スコア(出典:アスクル)

上野:このスコアによって、買われる度合は違ってくるのですか?

吉岡:今、ちょうど検証している段階です。これまでは、値段がちょっと開いてしまうと買わない傾向があったのですが、最近はこのマークがある高い商品のコンバージョンレイトが上がっています。これは今までありえなかった傾向です。

マイクロチューニングを随時行う

上野:新しいテクノロジーに対するチャレンジがあれば、お聞かせください。

吉岡:アスクルは「明日来る」というところが社名の由来のため、絶対に明日届けなければいけないというのが、われわれの常識だったのですが、お得な日には受注が入りすぎて、物流センターも物理的に出せなくなります。

その時にどうするのかというところで、「明日届きません。あさって、しあさってに届きますが、その分、お得にします」という「おトク指定便」をやってみたのですが、半分のお客さまがお得な方を選びます。今までわれわれがこだわり続けた常識が、楽な方に行ったというわけではなく、伝え方によって変わってくることも検証としてわかったというのが非常に大きな学びでした。

澤田:環境負荷に対する支援、ちょっとお得になる、物の良さ。この3つのバランスで消費者の心理をうまく使うのがキモですね。われわれも再生素材を使ったTシャツは売りますが、3つのバランスが崩れると見向きもされません。そこを常に考えていきながらやる必要があります。

上野:ECというビジネススタイルの一つの特徴は、このマイクロチューニングを随時行っていけて、その反応をデータで検証できる点です。息の長い顧客ニーズあるいはお客さまの購買に対する心理的変化みたいなものを汲み取っていく上で、これは重要なポイントだと感じます。

澤田:お客さま自身も言語化できないので、その感覚をわれわれの方でデータを集めて解釈し、「おそらく、こうだろう」ということを組み立てるのがすごく重要です。

物流2024年問題にどう対応する?

上野:ECのビジネスにおいて外せない要素が、ピッキングから配送デリバリーでの倉庫業務です。この辺はZOZOさんもだいぶ取り組みをやられていると思いますが。

澤田:創業当時から物流を自前でやっており、その中でやっとここまで来たというのが、この秋から稼働を始める筑波における新しい倉庫です。カンガルーバッグといいますか、上にぶら下がっているものによって、荷合わせができるというのを始めます。例えば、受注番号1から100までの人に関して一回ピッキングすると、あとは放っておけば、受注番号1番の人の商品AとBがいつの間にか並んでいるといった仕組みになっています。

  • ZOZOBASEつくば3 に導入されたピッキングした商品を注文ごとに自動で仕分けをするシステム(出典:ZOZO)

    ZOZOBASEつくば3 に導入されたピッキングした商品を注文ごとに自動で仕分けをするシステム(出典:ZOZO)

吉岡:うちは「とらっくる」という誤配をなくすためのアプリを作りました。これは配送業者が、本来届けるところよりも100メートル離れているところに届けようとしたら、「違います」とアラートが出ます。

また、時間指定の時間よりも前に着いたら、「まだ前です」とか、逆に遅れそうだったら、何時間か前から、「このままいくと遅れます」とアラートを出します。このアプリは自前のドライバー向けに開発して、パートナーさんに全部開放しました。これによって、半分以上、誤配や遅配がなくなりました。ドライバーの助手的なイメージです。

  • 配送管理システム「とらっくる」(出典:アスクル)

    配送管理システム「とらっくる」(出典:アスクル))

日常を支えていくインフラへ

上野:パートナーさんは、お客さまと同じぐらい重要な関係性をつくっていかなければならない相手だと思いますが、パートナーさんとの協創というところに対して、両者の取り組みについてお話を伺えたらと思います。

澤田:われわれは、今後、アパレル業界のインフラになりたいと思っています。例えば、うちが明日なくなるという話になった瞬間、アパレル企業さんの売上が2~3割が吹っ飛ぶということもあり得ます。われわれは、業界における責任を負う立場にあり、業界を盛り上げていくためのインフラになりたいと思っています。

さきほど、似合うラボの話をしましたが、この技術を使って自分の店舗を運営してみたいという話も出てきておかしくないと思います。そういう時に、われわれのオリジナルデータだというつもりはなく、似合うラボをそのブランド仕様にしてやっていくこともあり得ると思います。生産の仕組みも提供するという形でやっていこうと思っています。

正直、プライベートブランドは、一回トライしていますが、いろいろ事情でうまくいきませんでした。その1つは服のデザインです。ブランドさんが一番得意なところは服をデザインするところだと思います。ブランドさんにはそこに注力していただいて、あとは全部お任せぐらいにできるようにイフラを構築できるのが理想だと思います。

吉岡:われわれも日本の中小企業の日常を支えていくインフラになっていこうということを、ずっと言っています。中小企業は、大企業に比べると人手不足の困り度合いでいったら圧倒的に困っています。Eコマースは、外に買いに行かなくても届けてくれるというところに価値があります。100%Eコマースになるとは思わないですが、需要はいただいていくと思っています。その時に重要なのが、バリューチェーン全体での社会負荷というところです。

コモディティ商品というのは、もともと店頭流通をしていくための設計になっています。Eコマースは、お客さまにダイレクトにお届けすることになるので、そのスタイルがマッチするのかというと、店頭着をベースにしたバリューチェーンの仕方というのが逆に不合理であって、社会負荷を生んでいるところがあります。そのため、メーカーさんと一緒に商品開発をしていく必要があります。

そこで、メーカーさんにわれわれの販売データを全部開放する「LOHACO ECマーケティングラボ」というのをやっています。これに賛同いただいている日本の大手コモディティメーカーさんが120社以上参加しています。ここでは、みんなでデータを見て、自分たちの知見を持ち寄って、うまくいった事例をみんなの前で発表しています。データをオープン化し、民主化する仕掛けを作って、上流から一緒になって社会負荷のないバリューチェーンを作ろうという取り組みをさせていただいています。

上野:他社のデータは見たいけれども、自社のデータは勘弁してくださいというところはなかったですか?

吉岡:自分たちのデータを見られてもいいから相手のデータを見たい。これがむしろ本音だということがわかって、みなさんに賛同していただいています。弊社で新商品のトライアルをしていただいて、それでレビューを募って、そのレビューを見て店頭でどうやって売るのかを考えているメーカーさんもいらっしゃいます。それによって、余計な廃棄在庫がなくなることにつながれば、みんなハッピーですので、データの民主化、オープン化というのは、非常に意義のあることだと思っています。

澤田:われわれもアパレルブランドさんに対しての売上データの見せ合いというのは、ZOZOTOWNのバックオフィス画面上でできる形になっています。最初は議論がありましたが、意外にみんな見たいと思っています。

上野:同じ船に乗ってビジネスに携わっている方々とデータを共有することによって、一社では取り組めない社会課題の突破口を見つけられたり、新しい取り組みのチャレンジが生まれてくると思いました。

今日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございました。