消費者のニーズの多様化、円安など外的要因による仕入れコストの増加、オンラインでの購買行動の活発化など、絶えず変化していく小売業界。こうした環境の変化の中で、小売事業者はあらゆる角度からニーズを察知し、ビジネスを成長させていかなければならない。
ソフトバンクでは、同社で収集したデータやグループ会社のリソースを使って、小売業界のDXを支援しているという。同社は、小売業の課題をどのように捉え、解決しようとしているのか。その取り組みを取材した。
小売業が抱える独特の課題
ソフトバンク 法人プロダクト&事業戦略本部 デジタルオートメーション事業第2統括部 新事業ソリューション部 部長 弓削考史氏は、「小売業の課題は外部要因と内部要因に存在する」と話す。
外部要因としては、顧客のニーズが多様化していることに加えて、業界に従事する人手不足や人流動向の変化など、人が起点の課題が顕著になっているという。一方で、内部要因としては、データ活用の体制やデジタル人材の育成が不十分なことから、いまだに勘と経験で投資を判断している事業者も少なくない点が挙げられた。
ソフトバンクでは数々のソリューションを活用して、こうした小売業の課題解決を目指している。
「我々は通信キャリアを提供する事業者として、サービスの提供をするだけではなく、インフラやデータから小売業者を総合的に支援しています」(弓削氏)
では、各所に点在する課題について、同社はどのようなサービスで解決を支援しているのだろうか。
店舗出店の判断を人流データでアシスト
店舗を持つ小売業者においては、先述の内部要因・外部要因の捉え方が経営判断に直結する。出店の失敗は業績に大きな影響を与えるため、リスクを考慮した適切な判断が求められるのだ。
しかし、その判断は先述した“経験や勘”などによって下されているのが実情である。
そこで、ソフトバンクは人流データやAIを活用して、ビッグデータを基に適切な経営判断を下すための支援を行っている。
同社グループ企業であるAgoopは、マルチキャリアのGPSを利用して、広大なサンプルから精緻な位置情報を取得できる。これにより、例えば「表参道エリア」など特定狭域での人流データを集計し、出店戦略の意思決定をサポートするといったことが可能だ。
従来はAgoopが販売していたデータを、10月以降は「トラカン」というサービスとして、ソフトバンクからも販売することが決まった。トラカンでは時間帯、移動手段、性別・年代などさまざまな角度から道路交通量のデータを提供するとしている。
実際に、10,000店舗以上を持つ某小売りチェーンでは、出店前のリサーチをこうした道路交通量データで効率化しているという。
ソフトバンク 法人事業統括 プロダクト&事業戦略本部 デジタルオートメーション事業第2統括部 新事業ソリューション部 データソリューション企画推進課 課長 神島庸浩氏は、事例に挙がった小売りチェーンについてこのように語る。
「従来は店舗の契約までの調査に人や時間のリソースがかかっていましたが、ビッグデータを使ってその手間を圧縮できました。今後は全国規模の出店施策でも、交通量データの活用を検討いただいています」(神島氏)
日本気象協会とデータ連携して需要予測をサポート
また、特に飲食業で顕著な課題として、FL(Food/Labor)コストの高騰がある。コスト構造の大半をFLコストが占めるため、適切な需要予測でリソースの最適化ができることが理想だ。しかし、その予測にズレが生まれてしまうと、収益に深刻な影響を与えかねない。
ソフトバンクが提供する需要予測サービス「サキミル」は、日本気象協会から得た気象データと、自社が持つ人流データなどを掛け合わせた分析ができるというもの。具体的には、天候や暦などの外部要因と、店舗の売上、客数データなどを可視化して組み合わせることで、多様な角度からの需要分析を可能にするとしている。
デジタルマーケティングで見るべきは自社データだけではない
店舗運営だけではなく、デジタル施策においてもデータの活用は必要不可欠だろう。こうしたデータ活用の機運が高まっている一方で、自社のデータしか活用できていない企業も少なくない。
例えば、「自社の売上が右肩上がりに上昇している」というデータがあった場合、もちろん自社の好調を疑う余地はない。しかし、競合企業が自社以上の進捗率で売上を伸ばしているか、市場自体が大きく成長していた場合には、自社の成長以外にも好調の要因があると考えられる。
つまり、起きた事象のより正確な要因を探り、次の策を講じていくには、自社のデータだけではなく、競合の情報や市場の動向も併せて分析することが必要なのだ。ソフトバンクは同社グループが持っている「競合」「市場」のデータに、顧客自身のデータを統合したダッシュボードの提供を9月から開始する。
ホームセンター事業で知られるカインズではすでにこのダッシュボードが導入されており、同社が提供する特定の商材における流入予兆、流出予兆を可視化しているという。
ソフトバンク 法人事業統括 デジタルマーケティング本部 企画統括部 プロダクト企画部 データビジネス企画課 課長 日下部周平氏は「課題を見つけて、そこからどのように改善施策を打っていくべきかをクライアントと一緒に考えていく」と同ソリューションの活用法について述べた。
顧客視点に立ったコンサルティングを目指す
弓削氏は、小売業の支援について「我々も消費者として携わっているからこそ提案しやすいことがある」と言う。
「現場目線をとても強く意識していますし、ソフトバンクの営業サイドもお客さまの近くでお付き合いをさせていただいています。小売業のお客さまは常にソリューションを求めていて、中途半端な支援は受け入れられません」(弓削氏)
単にソリューションを提供するだけではなく、その後の施策についてもソフトバンクから提案するというこの座組。弓削氏は「まだまだコンサルティングと呼ぶにはおこがましい」と謙遜しながらも、コンサルティングに近い形での伴走を目指していくそうだ。
市場の動向や顧客のニーズに対して、同社が持つデータやナレッジを掛け合わせたソリューションの数々は、長らく小売業が抱えていた課題を解決する手段になるかもしれない。