神戸大学は10月12日、阿寒湖におけるマリモの詳細な成長速度と巨大マリモが存在する上で理想的な水温環境の解明に成功したことを発表した。

同成果は、神戸大大学院 工学研究科の中山恵介教授、同・天野元大学院生、同・大学院 システム情報学研究科の熊本悦子教授、釧路市教育委員会マリモ研究室の尾山洋一博士、北見工業大学 工学部の駒井克昭教授、神戸大 医学部附属病院 医療技術部 放射線部門の堀井慎太郎氏、同・曽宮雄一郎氏らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

  • 特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」

    特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」(出所:神戸大Webサイト)

国の特別天然記念物として知られる北海道釧路市・阿寒湖のマリモは、淡水生の糸状の細い緑藻類の一種(集合して丸くなっている)であり、直径が20cm以上に成長する巨大マリモの群生地は世界でこの阿寒湖が唯一という見解もあるほど、世界中で個体数が減少しているという。

そうした中、神戸大は釧路市教育委員会や北見工業大などと連携し、マリモの保全に向けた調査研究を実施しており、これまで風波による回転・振動によって、マリモの表面に積もった有機物などが振り落とされて光合成による成長を促すことや、マリモ同士が擦れあうことで表面が磨かれて球形になることなどが突き止められている。またMRIによる内部構造の調査により、マリモが木と同じように年輪を有すること、そしてとても小さな栄養循環システムを有していることなども明らかにされている。

今回の研究でも、MRIを用いてさまざまな大きさのマリモの年輪から成長速度を詳細に調べると同時に、水生植物の成長にとって重要な「水温」に着目し、巨大マリモが存在する上で理想的な水温環境を把握するための調査を行うことにしたという。

これまでの研究から、マリモの厚さは最大で4~5cmであり、巨大マリモの成長速度は1年間で約0.90~1.26cmとわかっている。しかし、マリモは直径が大きくなると内部の空洞部も大きくなるため、比重(水中での相対的な密度)が減少し、風波により回転しやすくなる。その結果、効率よく光合成を行えるようになる可能性があるため、小型マリモと巨大マリモでは成長速度が異なる可能性もあるという。

そこで、3~22cmのサイズの異なる10個のマリモのMRI解析が行われた。すると、予想通りマリモは直径が大きくなるほど厚くなり、成長速度も速くなることが確認された。そこから、たとえば直径5cmから10cmに成長するためには約6.6年が、直径15cmから20cmなら約4.6年が必要と計算された。さらに、直径5cmから20cmなら14.2~18.5年ほどが必要であるなど、従来は不確かだったマリモの年齢を詳細に評価することが可能になったとした。

  • マリモの年齢の評価結果

    マリモの年齢の評価結果(緑の実線:最適解、赤の破線:最適解からの偏差)。(a)マリモの直径と厚さとの関係。(b)マリモの直径と成長速度との関係。(c)直径5cmのマリモの年齢をゼロとしたときのマリモの年齢(出所:神戸大Webサイト)

また、水温がマリモの分解速度に与える影響を調べるため、2019年12月16日から2020年9月30日までの289日間、水槽に入れた直径15cmのマリモが暗所に静置され、期間中は水温の連続観測と同時に一定期間ごとにMRI撮影を実行、画像から乾燥状態での密度が推定された。その結果、水温7℃を基準値とした積算水温とマリモの乾燥密度との間に高い相関が認められ、呼吸活動などによるマリモの分解速度が解明され、積算水温が高くなるほどマリモの乾燥密度は低下する(痩せる)ことがわかったのである。

  • マリモの分解実験の結果

    マリモの分解実験の結果。(a)実験に用いたマリモのMRI画像。(b)実験期間中の水温変化。(c)実験開始時からの積算水温と乾燥密度(出所:神戸大Webサイト)

最後に、今回判明した成長速度と分解速度の関係から、マリモの厚さの変化が試算された結果、1988年の水温データを用いて推定された当時の巨大マリモの厚さは約4.7cmだった一方、近年の厚さは約3.7cmと試算され、35年の間に厚さが平均で1cm程度減少している可能性が示されたという。

1988年の積算水温は約1250℃-daysだったが、近年は1600~1800℃-days程度と350℃-days以上も高く、地球温暖化の影響を受けている可能性が高いとする。マリモの厚さは形状の保持に重要な骨組みとされ、今後、阿寒湖の水温がさらに上昇すれば、巨大マリモの厚さがさらに薄くなって壊れやすくなる恐れがあるという。なお、分解実験で用いられたマリモ(厚さ約4.1cm)以上の厚さが保たれる理想的な積算水温は1470℃-days以下と試算され、これは夏の最高水温が24℃程度になるような年となる。

  • マリモの成長と空洞および表層の形成

    マリモの成長と空洞および表層の形成。(a)初期状態のマリモ。(b)ある一定期間が経過して(a)のマリモが完全に分解され(b)のマリモの中で空洞部分となった後の状態の巨大マリモ(出所:神戸大Webサイト)

マリモの成長にはさまざまな環境要因が複雑に作用しており、特に水温などが変化して環境が失われると、マリモの栄養循環と生存能力に不可逆的な劣化が生じる危険性があるとする。今後は、マリモ自体に加え、阿寒湖の環境を適切にモニタリングし続けることも重要とした。

一方、阿寒湖には冷たい水を供給する河川が存在しているため、温暖化への適応策として冷たい河川水がマリモおよび生育地にどのような影響を与えているのかを研究することで、将来におけるマリモの維持管理に役立つことが期待されるとした。