富士通は10月11日、同社の川崎工場(川崎市中原区)で研究開発戦略説明会を開催した。説明会では、AIをはじめとした各研究領域における現在の取り組みが紹介された。

  • 富士通の研究開発をリードするメンバー

    富士通の研究開発をリードするメンバー

富士通の研究開発をけん引する3つの観点

同社では「Fujitsu Uvance」において、顧客に新しいソリューション、あるいはDX(デジタルトランスフォーメーション)の最大のパートナーになることを掲げている。

富士通 SEVP CTO, CPO 兼 システムプラットフォーム BG Co-Headのヴィヴェック・マハジャン氏は「さまざまなソリューションを提供していくにあたり、Uvanceの基盤には当社、他社を含めた技術が必要になる。また、当社の技術はお客さまに提供する価値の1つであり、ソリューションのベースにもなる」と話す。

  • 富士通 SEVP CTO, CPO 兼 システムプラットフォーム BG Co-Headのヴィヴェック・マハジャン氏

    富士通 SEVP CTO, CPO 兼 システムプラットフォーム BG Co-Headのヴィヴェック・マハジャン氏

そのため、同社ではUvanceを支えるキーテクノロジーに「AI」「Data & Security」「Converging Technologies(コンバージングテクノロジーズ)」「Computing(コンピューティング)」「Network」の5つを据えている。マハジャン氏は「当社が確実にグローバルで1位、2位になれる技術を開発し、お客さまに提供する」と力を込めた。

  • Uvanceを支える5つのキーテクノロジー

    Uvanceを支える5つのキーテクノロジー

こうしたキーテクノロジーをけん引する研究開発戦略について、富士通 執行役員 EVP 富士通研究所の岡本青史氏は「最先端技術の公開と共創研究の加速、海外拠点の強化を進めている」と話す。

  • 富士通 執行役員 EVP 富士通研究所の岡本青史氏

    富士通 執行役員 EVP 富士通研究所の岡本青史氏

最先端技術の公開については、今年2月にWeb3プラットフォームの「Fujitsu Web3 Acceleration Platform」、同4月にAI開発プラットフォーム「Fujitsu Kozuchi」をそれぞれ無償公開し、10月5日に64量子ビットの超伝導量子コンピュータと40量子ビットの量子コンピュータシミュレータを連携させて利用できるハイブリット量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」の提供を開始。

共創研究の加速に関しては、Linux Foundationで技術の品質向上やユースケースの開拓を進めている。2020年からは複数のブロックチェーンをつなぐ「コネクションチェーン技術」を用いたソフトウェア基盤の開拓、今年9月にはLFAI & Dataにおける自動機械学習技術「SapientML」、AI公平性技術「Intersectional Fairness」などをプロジェクト化している。

また、スタートアップとの連携として大規模複合データを学習する大規模グラフとAIによる金融性取引の検知や、AIコンピューティングではカーボンフリーにアンモニア生成を実現する触媒材料の開発、量子コンピュータを材料科学に実応用する新たな計算方法の開発に取り組んでいる。

さらには、富士通の研究員が国内外の大学に常駐・長期滞在し、さまざまな分野の先生・学生と連携する「富士通スモールリサーチラボ」を拡大しており、国内では12の大学に設置しているという。

海外拠点の強化では、高度専門人材の積極的な採用を進め、欧州では昨年に研究拠点を拡充し、米国では今年12月から新キャンパスでの研究を加速させ、インドでは研究体制を拡大するなど、グローバルにおいて昨年比で100人を増員している。

  • キーテクノロジーをけん引する富士通の研究戦略

    キーテクノロジーをけん引する富士通の研究戦略

AIをはじめとした6つの領域での研究開発を推進

続いて、「AI」「Data & Security」「Converging Technologies」「Computing」「Quantum Computing(量子コンピューティング)」「Processor(プロセッサ)」の各研究領域における解説が行われた。

AIではKozuchiを中心とした研究開発

AIの研究開発では、AIの適用価値を高めるためにAIプラットフォーム提供、適切な意思決定を支援するフレームワークの提供、安心・安全なAI活用環境の提供を戦略に位置付けている。

AIプラットフォームの提供では前述したKozuchiがキーソリューションとなり、4月の発表以来、幅広い顧客が活用しているとのことだ。特徴は同社独自のAI技術である「AIコアエンジン」と、コアエンジンと他社のIPを組み合わせた「AIイノベーションコンポーネント」を提供する点にある。すでに、9月末までに両方を合わせて計25個を公開し、今年度中には約50個の公開を目指しており、商談は250件以上にのぼるという。

  • Kozuchiの概要

    Kozuchiの概要

適切な意思決定を支援するフレームワークの提供は、生成AIとConmposite AIで対応する。生成AIはソフトウェアエンジニアリングやセールス&マーケティング、顧客業務、製品開発、R&Dといった有望領域向けにドメイン特化型生成AIを開発し、Kozuchi上で公開している。

  • ドメイン特化型生成AIの概要

    ドメイン特化型生成AIの概要

Composite AIは、10月11日にAIイノベーションコンポーネントを自動生成するAI技術の開発を発表。これは、個々のKozuchiユーザーが業務課題を自然言語で入力すればAIが課題の意図を汲み取り、適切な数式表現に自動変換し、顧客業務に特化したAIイノベーションコンポーネントを自動生成する技術となる。これにより、必要AIを活用するまでに従来は1~2カ月を要していたが、1日に短縮できるという。

Fujitsu Web3 Acceleration Platformで新たな経済圏を生み出す

次はData & Securityについて。この分野では、個人や企業間でのデータ連携で新規事業を創出したい顧客を想定し、戦略はWeb3プラットフォーム、オープンソース活動、新ユーザー体験の創出の3つに取り組んでいる。

Web3プラットフォームは、上記のFujitsu Web3 Acceleration Platformを軸に同社のデジタルトラスト、ブロックチェーン技術による活用のノウハウをオープンにし、共創活動を通して新たな経済圏を生み出す考えだ。

  • Fujitsu Web3 Acceleration Platformの概要

    Fujitsu Web3 Acceleration Platformの概要

また、偽情報を見破る新技術「Trustable Internet技術」の開発を進めており、フェイクニュースをはじめ昨今のインターネット上における情報に確からしさを付与し、第三者の情報・評価などの根拠を紐づけ、情報の真偽を判断可能にするという。

  • 偽情報を見破る新技術の概要

    偽情報を見破る新技術の概要

加えて、オープンソース活動では前述のLinux Foundationでの取り組みを主眼に、コネクションチェーン技術のオープンソース「Hyperledger Cacti」の活動をリードし、エコシステム拡大に向けた活動を加速するとともに、Web3 Acceleration Platformを介して、さまざまなぶ特区チェーン基盤と相互接続可能にしていく方針。

新ユーザー体験では「Ambient認証」と呼び、複数のカメラ映像から各人の行動を高精度に捉え、さまざまなサービスにまたがるシームレスな認証体験を実現し、不審者追跡といった防犯サービス、人の行動に併せたパーソナライズドサービスなどに活用できるとしている。

デジタルテクノロジーと人文・社会科学の掛け合わせ

コンバージングテクノロジーとは、そもそも複雑で多様な社会課題は単一のテクノロジーでは解決できないほか、ネットポジティブを実現するには人・社会の理解と働きかけが必須なため、デジタルテクノロジーと人文・社会科学を掛け合わせて解決を図る技術のことだ。

同社では、社会課題の解決を目指すソーシャルデジタルツインと、企業活動を支援するエンタープライズメタバース、融合による新しい方法論の確立などを図るコンバージングテクノロジ基盤の3つの領域において研究開発を進めている。

  • 研究テーマの概要

    研究テーマの概要

ソーシャルデジタルツインは、米カーネギーメロン大学などと産学連携を活用して先進的なコア技術を開発。デジタルツイン生成技術は実世界の変化に秒単位で追従し、人や社会のツインのリアルタイムな生成を可能としており、行動経済学とAIを組み合わせて人・社会を高精度に再現している。

また、デジタルリハーサル技術は住民・行政・企業などのステークホルダーの観点に配慮した施策の自動生成・事前検証・継続改善ができ、認知心理学と実証経済学の活用で質・効果の高い施策を生成できるという。現在、こうした技術を活用してグローバルパートナーとともに、世界各地で10件の実証に取り組んでいる。

一方、エンタープライズメタバースは認知科学・心理学の知見とデジタルテクノロジーの融合でコア技術を生成させ、企業における業務空間や業務支援、エンゲージメント向上といった実業務で実証を行っている。

2025年からはソーシャルデジタルツイン、エンタープライズメタバースをグローバルに展開し、2030年には社会課題と企業活動を両立するフェデレ―テッドデジタルツインによるネットポジティブの実現を目指す。

  • フェデレ―テッドデジタルツインの概要

    フェデレ―テッドデジタルツインの概要

「富岳LLM」の開発を進めるコンピューティング領域

コンピューティングの領域では材料発見や創薬、大規模設計、医療、LLM(大規模言語モデル)を推進している顧客に対して、AIをコンピューティング技術で進化させるほか、コンピューティングにもAIを加えて計算を高度化。そして、イノベーション開発者がコンピューティングを簡単に扱えるようにすることを戦略としている。

材料発見では、ゼロエミッション材料は化学反応のエネルギーを削減するための触媒の探索技術がポイントになるため、アイスランドのAtmoniaと次世代アンモニア合成方法について共同研究を実施。材料探索プラットフォーム上でコンピューティングとAIを融合し、探索空間を数千倍に拡大したことで、今年10月に酸化モリブデンの一部をタングステンで置換した新たな触媒材料の有力候補の発見に至っている。

  • 材料発見の取り組み

    材料発見の取り組み

医療関連では未知の遺伝子変異から病原性を推定することでデータベースにない病原性を発見し、複数の遺伝子にまたがる構造異常の分析技術の開発につなげている。

コンピューティングを開発者が容易に利用可能にするためについては、昨年に量子とHPCを最適に組み合わせる技術を開発。今年は量子実機の高速性とHPCの正確性を組み合わせたハイブリッド技術を開発しており、現在はCPU、GPUのハイブリッド計算技術も開発を進めている。

LLMに関しては、同社の富岳を活用した「富岳LLM」としてLLM分散並列学習手法の開発を開始し、日本語特有の課題解決や開発した生成AIモデルはGitHubなどで公開する方針だ。

  • 「富岳LLM」の概要

    「富岳LLM」の概要

2026年以降に1000量子ビット超の超伝導量子コンピュータ公開

量子コンピューティングでは、量子デバイスから基盤ソフト、アプリまですべての技術領域で世界の研究機関と取り組み、ソフトウェア技術とともにハードウェアは幅広く可能性を追求し、量子シミュレータを活用してエンドユーザーと早期からアプリケーション開拓に取り組む。

10月5日には理化学研究所(理研)の連携センターにおいて、NTTなどと共同開発した国産の64量子ビット超伝導量子コンピュータと連携し、高精度に計算ができるハイブリット量子コンピューティングプラットフォームを企業や研究機関向けに提供を開始している。

  • 量子コンピューティングにおける取り組みの概要

    量子コンピューティングにおける取り組みの概要

今後、産業界を中心に共同研究ベースで利用してもらい、量子アプリケーションを開拓。Fujitsu Quantum Computing Platformにより連携センターで開発した量子コンピュータ/シミュレータのシームレスな操作を実現すると同時に、双方のメリットを活かした計算手法の開発にも活用していく。

今後のロードマップは、2025年に256量子ビットの超伝導量子コンピュータの公開と、大阪大学などと共同開発しているエラー訂正技術を実装することに加え、2026年以降は1000量子ビット超の超伝導量子コンピュータの公開を計画している。

次世代高性能・省電力プロセッサ「FUJITSU-MONAKA」

プロセッサについては、将来的なデータ量の爆発的な増加に伴う電力消費量によるCO2排出量の増加に対応し、カーボンニュートラルなデジタル社会を実現するために、次世代高性能・省電力プロセッサ「FUJITSU-MONAKA」の開発に注力する。

  • 次世代高性能・省電力プロセッサ「FUJITSU-MONAKA」の概要

    次世代高性能・省電力プロセッサ「FUJITSU-MONAKA」の概要

MONAKAは、データセンターの電力効率を向上させる世界トップレベルの技術を適用し、自社設計のマイクロアーキテクチャ、低電圧技術に加え、TSMCの2nmプロセス、Armのアーキテクチャなどの技術を採用し、高性能・省電力・高セキュリティのCPUとして開発。

  • UJITSU-MONAKAでは先端技術を採用するという

    FUJITSU-MONAKAでは先端技術を採用するという

さらに、AIをはじめとした高速なデータ処理基盤としてアプリケーション性能を追求するとともに、次世代グリーンデータセンターに適応した省電力CPUとして、幅広い分野の顧客開拓を進めていく考えだ。